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海老茶式部の女学生達が、洋書を抱えて続々と官立女学院の門をくぐってゆく。友人との会話を楽しむ彼女達の足取りは軽やかだ。
風切は教場へ流れる学生の波に混ざりながら、教員控所へ向かう。風切に気づいた女学生が、丁寧に挨拶をする。風切は彼女達に英語教師らしく英語で挨拶を返した。
控所に入る。所狭しと並べられた机の一つに着くと、隣の席の算術教師の岡部に挨拶をした。
岡部が殺人事件の話を始める。
「ご存じですか、風切先生。田村屋の倅が殺されたそうですよ」
「ええ。通勤途中、現場に出くわしました」
「なんでも刀傷だったとか」
「そのようですね。岡部先生は、亡くなった田村さんとは面識がおありで?」
「いやいや、まさか。風切先生はアメリカ帰りで知らないでしょうが、田村正夫は女癖が悪いっていうので、町でも有名でしたから」
「町で噂になるほどですか」
「今の嫁は五人目じゃないですかね。前妻の娘ですが」
なるほど、と風切は内心納得する。
二時間目、風切は白墨を持って教場へ向かった。シンとした空気の教場に入り、教壇へ上る。整然と並べられた机に、ピンと背筋を伸ばした良家の子女達が座っている。彼女達は一様に風切を見つめていた。半分の目つきは、うっとりとしたものだ。
風切は学生を見渡す。彼女達は若く溌剌としており、勉学に対する熱意に溢れていた。だが、その中に一人だけ、異様な雰囲気の者がいるのだ。
目の上で黒前髪を切り揃えた白皙の女学生。
名を氷川月子といった。月子も他の学生と同様に髪を結い流しにして海老茶式部を纏っているが、どうも浮いて見える。それに、他の学生よりも年齢が高そうだ。そう思うのは、彼女の纏う空気が静かで、ピンと張りつめているからか。
風切は講釈を進めながら、月子を盗み見ていた。
自分が教壇にいても、彼女の視線は一度も風切に向かない。無感情な目つきで黒板を見据えるのみだ。意欲的ではないが、真面目に取り組んではいる。
十五時に仕事を終えた風切は、馬車で自邸へ戻った。
玄関広間に入ると、手伝いの杉下が食堂から「おかえりなさいませ」と声を上げる。
玄関を入って正面に応接室、左手側にリビング、食堂となっている。右手には折り返しのある階段が、二階へ伸びていた。
二階へ上がる。最奥には、寝室。その手前に書斎がある。
風切は寝室のポールハンガーに、コートと帽子をポールハンガーに掛けると、隣の部屋に移動した。
書斎のドアを押し開ける。ドア正面の壁には、格子窓が三枚並んで入っている。左手奥に執務机があり、その背面と廊下側の壁に書棚が備えられていた。机の前には、革張りのソファとテーブルがある。
宵の頃、誰かが訪ねてくる。階下で使用人と話す声が聞こえたと思ったら、階段を上がってくる足音が聞こえた。我が家のような態度で二階の書斎に現れたのは、志波だった。
「なんや、あのおばはん、おらん言うとったけど、おるやん」
「杉下さんのことを、おばさん呼ばわりするのはやめろ。世話になってるんだ」
「それより、なんで居留守使ってんねん」
「お前のような奴が訪ねてくるからだな」
「残念やったな。俺の目は欺けんで」
得意げに言って、ソファにどかりと腰を下ろす。
「あー、腹減った」
ふんぞり返って腹をさする志波に、風切は片眉を引き上げる。
「お前、俺に用があって来たんだろうな?」
「そうや?けど、腹減ったら喋られへんやん?」
「なら、飯を済ませてから出直して来い」
「そんなことしたら、夜半過ぎるで」
「なら、明日にしろ」
「ええから、飯行こうや」
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