雲外蒼天

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 一時間半の短い練習が終わった。雪城高校ラグビー部の四十五人の部員はベンチ前に集合した。  いつもなら部員全員で円形に並び、今日の反省と、主将の締めの言葉を聞いて終わりになるのだが、今日は大切なセレモニーが待っている。  コンタクトバッグを片付けていた井上龍太も、三年生の列の一番左端に着いた。  ベンチには、雪城高校の公式戦用ジャージが二十三着用意されていた。公式戦用ジャージには、ライトブルーの横縞が二本入っていた。快晴の空をイメージしてデザインされたものだ、と龍太は入部してから何度もきかされている。 「雪城か。昔は強かったんだけどな……」  龍太が自分の高校名を告げたとき、親戚の叔父さんはちょっと残念そうな顔をした。昔はこのジャージに憧れた高校生もたくさんいたはずだ。しかし今は――。  ここ三年間連続で、雪城は地区大会の準決勝で敗退していた。都内ベストエイトで足踏み状態、全国大会への道は閉ざされたままだ。しかも今年はクジ運が悪く、強豪笹原高校のいるトーナメントに入ってしまった。明日の三回戦でとうとうそのシード校の笹原と当たるのだ。全国大会どころかベストエイトの座さえも守れるかどうか、という瀬戸際にいた。  逆に、ここで花園常連の強豪を下せば、あとのトーナメントはぐっと戦いやすくなる。全国大会も夢ではなくなるのだ。  龍太は直立不動の姿勢で、明日の試合について険しい顔で話している山端監督の顔をみつめていた。身長は高く、部員たちと同じように陽に焼けた顔をしていた。  山端は昨年の四月、雪城高校にやってきた。前任の監督は昨年七十歳を超え、とうとう退任した。毎日ベンチからおだやかに部員を見守っている好々爺から、二十代前半の若い体育教師へと、監督の責務は引き継がれたのだ。  新しい監督は身長が高く、精悍な顔つきをしていた。首の付け根から肩へと鍛えた筋肉が盛り上がっていて、後ろ姿は熊のようだった。グラウンドをのしのしと歩き回り、練習中、部員が少しでも手を抜こうものなら、すかさず厳しい声で叱咤した。  学校もラグビー部の後援会も、この新監督に期待するところが大きいようで、「フレッシュな力で、今年こそ古豪の復活を」と学校の広報誌にも大きく取りあげられた。
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