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どうしてこうなったんだったか。
男に手を引かれて山道を登りながら川和暁は考える。
秋の、昼下がりの少しひやりとした風が汗ばんだ額を撫でる。慣れない運動で熱った肌にとても心地いい。思わず目を細めながら短い息を荒く吐く。
「運動不足」
「完全な、インドア、なんだ」
「それ自慢することなん?」
いかにもスポーツマンといった逞しい首を捻って振り返った男が、感情のうかがえない平坦な声で言う。体躯のいい外見に見あった低い声には関西弁のイントネーションが乗る。まだその抑揚に慣れない暁には彼の言葉は少し強く響いた。
「いらない、でしょ。日文で、その、体格」
息切れで細かく音節を区切る暁に呆れる顔で男が笑う。短く刈った強そうな髪の下で、眦のきつい目元が意外と柔らかく微笑んだ。
ずるいんだよ。
首筋を伝う汗を手の甲で拭いながら暁は目を伏せる。
愛想はないのに周囲に人を集める。媚びるでもないのにいつの間にか彼の周りには人が寄ってくる。青柳慶太とはそういう男だった。
何故なら彼は嘘をつかない。陰口を叩かない。批判は年上だろうと面と向かって本人にする。道理を曲げない。
質実剛健、というイディオムが良く似合う。しかもたまにこんなふうに優しい笑顔を見せるなんて、そんな男を信用しない筈はないし、ときめかない訳がない。
暁は、上がった息とは別に紅潮する頬を隠すために下を向いた。
同性の同級生に微笑みかけられてドギマギするなんて挙動不審もいいところだ。早く治れと唇を噛む。
しかしそんな自分は、とうの昔に自覚していた。初めてこっそりと目で追ったのも男の子。キスをしたいと思ったのも、恋をしたのも、男だった。
ああ、もう、とままならない呼吸に苦労しながら青柳に掴まれた手首に目を伏せる。体温が上がって熱くてたまらない。それに加えて、握る指の力強さが鼓動を速める。
息苦しさに喘ぎながら青柳に引かれてただひたすらに山を登った。スニーカーで踏んだ足元から芝の青い匂いが立ち上る。
どうしてこうなったんだっけ、ともう一度自問しながら、暁は笑う膝に深く息をついた。
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