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(バカバカしい)
告白されて、断って、気まずいままバーに通い続ける程図太くはない。
だがだからと言って、このまま逃げ続けるのも同じことだ。結局はあのバーに行っていないのだし、彼との関係を壊したくないという自分の考えと矛盾も甚だしい事を自分はしている。
「分かった、今日断りに行く」
「……あくまで、受ける気はないのね」
食べ終わったのか箸を置いた美豹は、それでも止まるよりはマシだと思ったのか、わざわざ晴翔の横に来てその背中を思い切り叩いた。
「ま、頑張んなさい」
痛さに呻き声をあげながらも、晴翔は頷く。
『逃げないで』、そう言われていたのに逃げてしまった。
その事で何か言われるかもしれない。
それでも、このままずっとバーに行かないよりはマシだ。
「報告、よろしくね」
結果は分かり切っているのに、何の報告だか。と思いながらも晴翔は頷く。
正直少々憂鬱だが、今日の帰りバーに寄ってみようと、箸を置き口を拭った。
「あら、いらっしゃい。一週間ぶりね」
「どうも」
緊張を滲ませながらもバーに入った晴翔を迎えたマスターは、晴翔と最後に会った日を迷うことなく口にし、カウンターに座る晴翔に水を置いた。
「もうすぐで終わるから、ちょっと待ってなさいね」
そして彼を呼ぶ声に駆けていき、すれ違いざま晴翔の頭をさらりと撫でる。
閉店ギリギリに来たのは、もちろん彼ときちんと話をするためだ。
客がいる前で話す内容でもない。なので閉店後、客が散った後で話そうとこの時間に来た意図を汲み取り、マスターは晴翔に構うことなく他の客の元へと向かっていく。
その様子をちらりと横目で見ながら、楽しそうに会話をしている彼に何度も呟いた『あり得ない』という言葉を再度呟く。
ああして人の内面に容易く入り込み、話す事によって心を軽くさせ、また来たい、彼と話したいと思わせる。
モテないはずがない彼を、自分が独り占めするなどあり得ない。
そう思い固めた覚悟を再度固め、終了ギリギリまでいた客を見送った彼は、モヒートの入ったグラスを晴翔の前に置き、それから自分のグラスを持ち晴翔の横に腰を下ろした。
「それで、逃げたってことは……私の行動の意味、分かったって事よね?」
「そうですね。まさかマスターのような人が、と驚きましたが……僕の解釈はどうやら、間違ってなかったようだ」
「残念そうね」
「そりゃ、貴方と気まずくなりたくないもので」
「その様子じゃ、断りに来たのね」
「当然です。僕は、誰かと付き合う気はないんですから」
「そう」
はっきりとフラれたというのに、全く動揺する素振りも見せない彼に、『やはりあれはからかいだったのでは』との考えが頭を過った所で、モヒートの入ったグラスを傾けたマスターは体まで晴翔の方に向け、いつもの優しい笑みに熱の籠った視線で晴翔を見やった。
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