10、夏の幻

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  「経緯を説明しろ」 「あぁ、それは僕も知りたいなぁ……」  窓からの夏の陽射しが嘘のように、真冬の深夜のごとく冷えきった部屋。学生アパートにしては広いワンルームの半分以上が、積み上がった段ボール箱に占拠されている。その住人は、山が崩れた一角で、冷気の元たる死神に詰め寄られ困惑顔で笑うという器用なことをしていた。  大学生が10人居れば必ず溶け込める、とりたてて特徴の無い顔と背格好の彼は、主役級ビジュアルの死神と相対せば完全にモブキャラだ。  そこへ、控え目な声が割って入る。 「閣下、閣下、落ち着いて下さい」 「しかし遥霞……」  こちらはヒロイン級ビジュアル。死神を止めたエリックは男性だが、今はそうとも言い切れない状態だった。  死神は、片腕に抱いたエリックを見て悲しげに眉を寄せた。  怒気と冷気が弱まる主を申し訳なさそうに見上げるエリックは今、スタイルはそのままに片腕に収まる40cm程のサイズになっていた。 「何故お前がこのような有様に……」  死神が嘆くのは、エリックがただ小さくなっただけではないからだ。 「私がちょっと部屋を出てた間に、刃君と入れ替わったみたいだねぇ」 「その経緯を説明しろと言っているのだ」 「わぁ!痛いよ?!分かるところは話すから!握力!いたたた」  顔面にアイアンクローを喰らってルーシェが慌てている。  3人が騒ぐこの8畳ほどの部屋は、大学生『星野サトル』が借りている下宿だ。色々とあって、彼の亡き後は憑いていたルーシェがサトルのふりをして暮らしている。異世界から来たというルーシェはいわゆる悪魔だが、明るく好奇心旺盛で元の世界では教師もしていた変り者だ。  残りは2階の大家の所へ居候している死神主従。  部屋を埋める段ボール箱には、サトルとルーシェが骨董市やフリーマーケットで買い集めた本と怪しい物品が詰まっている。正しく価値あるものも混ざっているがほぼ怪しい雑貨で、全てが2人のセレクトなので、変な方へ偏っているのだけは確実である。  今日は、エリックが物品整理の手伝いに来ていて、そこへ何故か刃も付いてきていた。 「あの、僕もきちんとは見ていないんですが……」  おずおずとエリックが話し出す。  刃は2階の家事一切を取り仕切る小人だ。  およそ役に立ちそうに無いサイズの彼女は、一応程度に手伝いながら、興味津々に箱の中を物色していた。  エリックが無視しながら作業していると、視界の隅で彼女が箱から何かを持ち出したのが見えた。  止めようと触った瞬間に爆発。気づけば2人の姿は入れ替わっていた。  ただなぜか、中身ではなく性別と大きさだけが。 「うかつに僕まで触って壊してしまって……すみません」  すぐさま現れた死神のさまは言うまでもない。  主の腕の中で、エリックは悄然と頭を下げる。話を聞いたルーシェは、足元に散らばる透明な欠片を拾い上げた。 「いやぁ物が壊れた事自体は構わないよ。しかし面白いことになったねえ。たぶんこの石のせいだよね」 「他に要因があるものか」  死神が忌々しげに、足元の破片を踏みにじる。  ちなみに刃はそんな床で失神しているのだが、死神の眼中には無い。  ルーシェは死神へにっこりと笑顔を向けた。 「分かってるなら調べようか」  ふてくされた死神が黙り、ルーシェはじゃあ遠慮無くとエリックを覗き込む。
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