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 この三ヶ月でだいぶ膨らんできたなあ、なんて感心しながら可愛らしい谷間を見ていると、それに気がついた祐奈(ゆうな)が胸を隠して睨みつけてきた。 「見るなキモい」 「なんだよー裸同士の付き合いじゃん」  体を洗う手を止めて、娘の肩に腕を回し、体を左右に揺らしてやる。 「キモいってぇ」  なんて言いながらも笑っている。でもいつもより若干、眉が下がっている気がした。 「あー明日から学校始まるもんね、憂鬱?」 「うん、行きたくない……」  素直な返事を受けて、私は娘の背中を軽くグーで叩いた。産毛がちょっと目立つ、弾力のある肌だ。 「大丈夫だよ、すぐに新しい友達できるよ」 「だといいけど」  祐奈がため息を声にして吐き出した。  今年の四月から同じクラスになって仲良くしていた子が、夏休み中に引っ越してしまったのだ。祐奈はその子以外のクラスメイトと、あまり喋ったことがないらしい。  娘の不安は痛いほど分かる。私も子供の頃は、友達を作るのが苦手だった。クラス替えは憂鬱なイベントだった。 「クラスに仲良くしたいなって思える子はいないの?」  娘の体についた泡を流してから、自分の泡も流す。 「一人いるけど……香澄(かすみ)ちゃん、他に仲良くしている子がいるし」  諦めモードの声だ。たしかにこの子は、社交的ではないし、友達と仲良くなるのに時間を要するタイプだ。引っ込み思案だし。 「諦めるのは早いよ。お母さんにいい考えがあるんだけど」 「ええ、どんな?」  娘の目には疑いの色が浮かんでいる。期待していなさそうな冷めた表情だ。私は気にせずに話すことにする。 「香澄ちゃんと実際仲良くなっているところを想像するんだよ。で、その通りに行動してみる。これだけ。簡単でしょ」 「想像って、どんなふうに」 「香澄ちゃんと仲が良かったら、まず朝、顔を合わせたら自分から『おはよう』って挨拶するでしょ? 業間休みに『遊ぼう』って声をかけるでしょ?」 「うん」 「あと、香澄ちゃんがいつもスカートを穿いてるなら、祐奈もスカートを穿くとかね。仲が良いと服も似たようなのを着るようになるし」 「そっかあ」  祐奈が少し納得したように軽く頷く。 「香澄ちゃんとすでに仲良くしている祐奈の世界があるから、それと融合するように仕向けるの」  私が言葉を切ったとたん、祐奈の顔が停止した。 「ちょっとよくわからない」 「平行世界ってやつよ。例えばさ、いま祐奈はお母さんに友達の相談をしたでしょ? しない選択もできたわけで、しなかった場合の世界もあるってこと」  その後延々と、「平行世界式引き寄せの法則」を噛み砕いて説明した。すべて今日読んだ本の受け売りだけど。私は本を読んで感銘を受けると、娘と共有したくなって話さずにはいられなくなるのだ。それに、インプットしたあとにアウトプットをすると知識がより定着すると言うし。一石二鳥だ。 「今日はお母さんが洗ってあげる」  ポンプ式の容器からシャンプーをいつもより一滴多く手のひらに落とし、シャワーのお湯と混ぜてモコモコの泡を作った。それを娘の頭に乗っけて目の前にある鏡を指差す。 「見てみて、ヤンキーみたい。ヤンキーゆーな」  鏡を見た祐奈が爆笑した。笑い声が木霊する。私も笑いながら娘の髪を洗い始めた。リーゼント型の泡をできるだけ保たせたまま。
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