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観察一日目。
やっぱり彼らは今日も、一緒に教室へ入った。朝、一応彼らの部屋を遠くから覗いていたけれど出てきたタイミングも一緒だった。
寮から校舎までさほど距離はないにしろ、彼らは部屋から教室まで片時も離れることなく肩を並べていた。
まぁヤツガミくんの身長からすればあのちっぽけな転校生なんてチビで弱そうで、並べていたといっても全然その高さには揃っていなかったけどな。
僕も、あの転校生と身長は同じくらい…いや、もしかしたらもう少し低いくらいだろうけど…さほど変わらないなら僕が隣に並んだ方が絶対見栄えが良いだろうに。
そう思いながらも観察を続ける。
背後からじゃ何を話しているのか雑踏でよく聞こえなかったが、教室に入れば彼らの会話がよりクリアに聞こえるようになった。
「………だから、」
「………だろ」
…もう少し近付こうか。
僕は彼らに怪しまれないように、友達でもない奴の席に行って座らせてもらう。
ちょっと上目遣いでお願いすればホラ、大抵の奴は簡単に言う事を聞いてくれる。
さっきよりも近くなった距離で更に聞き耳を立てていると、ヤツガミくんの見た目の印象よりも低く綺麗な声と、転校生の特徴のない声が交互に聞こえてきた。
それにしても流石ヤツガミくん、話す声までも美しい。旋律のような美声…。ずうっと聞いていたい。間に挟まってくる雑音が邪魔だけど。
「別に…ショウゴがやんなくてもおれが」
「いやだからさ、毎日お弁当作ってもらってるの申し訳なくて。たまには俺が作りたいんだって」
「ショウゴの弁当…手作り…か。………国宝」
ヤツガミくんが顎に手を当てて何かを考え込む仕草をしている。美しい…。その仕草こそ国宝級だと僕は思うが、え、今なんつった?
ヤツガミくん、何に対して「国宝」って言ったの?聞き間違えた?
彼の呟きが聞こえていなったかのように平凡な転校生が続ける。聞けよ、彼の話をちゃんと!
「まぁ、そりゃあシキの手作りには全然及ばないかもしんないよ?でもやっぱりちょっとくらいは俺も役に立ちたいっていうかさ」
「そんなのおれが好きでやってるから気にしなくていいのに」
「そんでも俺も作りたい」
「かわいいかよ」
おっとぉ。…どうやら僕の耳は今日は調子が悪いみたい。
間髪入れずの「かわいい」。何に対しての「かわいい」ですか?
あ!そうか、もしかして…日本語ではない?僕の考える「かわいい」と同じ発音の、でも何か違う国の言葉かもしれない。
英語もペラペラって聞いたことはあるけれど、まさかバイリンガルどころかマルチリンガルなんて…!流石ヤツガミくんだ…!
「やっぱ駄目っすかね…シキさん」
「駄目じゃあないけど…ショウゴ、朝苦手じゃん?ちょっとでも寝かせておいてやりたいし…でも手作り…悩むなぁ」
「そこは頑張って起きるよ!」
「おれが起こすよ?いつもみたいに」
は?なんて???
「それじゃ意味なくね?結局早起きじゃん」
「あ、それじゃあさ、一緒に作るっていうのは?時短にもなるし」
「それじゃあお返しにならないっていうか」
「初めのうちは、一緒にやった方が色々やりやすくない?その方が色々教えられるし。…ダメ?」
「んー確かに…?じゃあ、料理…教えてくれる…?」
「料理どころか何でも教えるよー」
えーと、耳鼻科…空いてるところ、検索。
情報量が多い。待って。待って?
いや、ちょ、ちょっと待って???
お昼休み、いつも二人で何処かへ消えるのは知っていた。学食にもいなかったし、もしかして二人で何処かで食べているんだろうってことは容易に想像がついていた。
だけど想像だし、現実味はなかった。そうして今、現実として突きつけられた。それもたくさんの欲しくなかった情報とともに!
まず、二人分のお弁当はいつもヤツガミくんが作ってる。
あんの野郎、何てことさせてるんだ…!と一瞬怒りを覚えたのも束の間、「好きでやっている」という彼の言葉に凍り付く。
そして彼は、あの美声で転校生野郎を、毎朝起こしている、らしい。「いつもみたいに」って…楽しそうに…。
頭の処理が追いつかない。いつも教室で度々彼らの会話を盗み聞きすることはあったが、こんなにも日常生活を匂わせる会話をがっつり聞いたのは初めてだ。
新婚生活の惚気か!と言いたくもない突っ込みが喉まで出掛かってしまうほどに…甘い。
何より会話している彼の声音が、表情が…甘い。今まで見たことどころか、想像したことだってない。いや、想像くらいなら…ちょっとはしたことあるけど…。
実際は僕の想像なんて何もかも超えていた。彼は、こうも人に尽くすタイプだったのか。…意外過ぎる。
落ち着け自分、彼は騙されてるんだ。あのぽやぽやした何を考えているかも分からない転校生の野郎に…!
まさか催眠術か?催眠術にかけられているか、もしかしたら惚れ薬でも飲まされた…!?
あ、ありえないことじゃ…ない…よな。だってそうでなきゃ、こんなにも人が変わったヤツガミくんの説明がつかない。
まるでそう、転校生の奴に好意を持っている…みたいな。
………。
いや、決め付けるのはまだ早い。僕はもう少し、彼らの観察を続けることを決意した。
いつもなら胸をときめかせるであろう、漆黒の暗い視線には気づかずに。
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