第一章 平賀さんはヒーラーなんですけど!?

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第一章 平賀さんはヒーラーなんですけど!?

第一話 わたし、ヒーラーなんですけど!? 前回のあらすじ わたし、平賀結弦。的場中学校の二年生。 好きな科目は家庭科と理科。真面目が取り柄の女の子。 学校ではUTB部に所属してるの。 わたしの名前を時々忘れる源外おじいちゃんと、やさしいおばあちゃんの佳寿子さんと3人暮らし。 ぐへぇ……ある日、わたしが虐められている黒猫を助けたばっかりにうっかり魔法少女に勧誘されちゃった! 魔法を使ってダークソーンを退治しないと! 「どうしてこうなっちゃったかなー……」  もう何度目の呟きだろうか。  中途半端な高さの中途半端な土地面積の、恐らくは中身も中途半端な企業が入っているだろう中途半端なビルのさびれた屋上で、平賀(ひらが) 結弦(ゆづる)は錆びついたフェンスにしがみつくようにして呪詛のごとくぼやき続けていた。 「どうしてこうなっちゃったかなー……」  結弦は的場中学校に通う平均的な女子中学生だった。  少なくとも結弦自身は、自分に平均以上の何かがあるとは思ってみたこともなかった。  いつか何かになれるかもしれないと淡い夢を抱きながら、しかし今の自分はきっと何者でもないのだろうなというやわいまどろみの中で生きているような、そんな女子中学生だった。  はずだ。はずだったのだ。  本来ならば。 「どうしてこうなっちゃったかなー……」  見下ろす景色はすっかり夜の帳に包まれ、すこし繁華街に入り込めば闇に抗うように輝くけばけばしいネオン、そうでなくても絶賛残業中のビルの灯りで、睡眠障害を引き起こしそうな光で満たされている。  順法精神に則らなくても、ただの女子中学生がいていい場所でも、いていい時間でもない。  そんなことは結弦自身がよくよく理解しているし、結弦だって規則やルールは守るべきものだと思っている。あえてそれを外れようとするほどひねくれてはいない。  しかし必要がそうさせたのだという言い訳を盾にする他に結弦にできることはなさそうだった。  だから、そう、仕方がないのだ、これは。 「どうしてこうなっちゃったかなー……」  スーパーの鮮魚売り場の魚たちの方がまだきらきらと輝く目をしていただろう。  今日日の冷蔵・冷凍技術は目を見張るものがある。どうしてそれが生きた人間に適用されないのか結弦にはわからないことだったが、きっとそれも仕方がないことなのだ。  世の中は仕方がないで溢れている。  例えばそう、ただの女子中学生でしかない結弦が、やや露出度高めのふわふわひらひらしたコスチュームに身を包んで、売ればそれなりに高くつきそうなごつい宝石のはめ込まれた杖など携えて、携帯端末片手に連絡待ちしているのも仕方がないのだった。 「どうしてこうなっちゃったかなー……」  それは結弦自身意識しての呟きではなかった。  もはや溜息と同様のものだった。  溜息をすると幸せが逃げるというが、この場合呪詛が漏れていそうだ。  だって結弦自身、もうそうやってぼやく以外にどうしたらいいのかわからないのだ。 「どうして……はい、こちらヒーラー」  ぼやき途中に端末が着信音を鳴らせば、結弦の手は反射的に通話ボタンを押して耳元に運んでいる。  それは、当初見知らぬ番号からの着信にいちいちおどおどして、端末を何度もとり落としそうになっていた初々しさなど完全に失われた、作業的な挙動だった。 「はい、はい、サファイア・ビルの屋上です。ブルー・ブレイドさんですね、はい、わかりました」  通話を切り、フェンスから離れて軽く体をほぐし、足元の段ボール箱からペットボトルの清涼飲料水を取り出し、杖に魔力を通す。  その一連の動作はベルトコンベアの流れる工場が淀みなく生産を行うように、もはや結弦の体に染み込んだ作業工程だった。  ほどなくして、隣のビルから軽やかにこのビルの屋上に着地してくる姿があった。  その驚くべき身体能力と言い、その驚くべき露出度とファッションセンスの煌く服装と言い、間違いなく同業者だった。  つまり、魔法少女だった。 「あんたがヒーラーさん?」 「はい。飲み物とお菓子ありますけど、先にヒールします?」 「んー、ヒール先にお願い」 「はい」  近づかなくてもわかる、むわっとした血の匂い。  それが近づけばはっきりと、血に濡れた装束と痛々しく切り裂かれた傷口から零れ落ちていくのが目にも見える。  だが当の少女自体はあっけらかんとしていて、さっさとお願いねと言葉も軽いものだ。  痛覚を止めているのだ。  魔法少女の戦闘は時に激しいものとなる。  感覚は鋭敏であるに越したことはないが、しかし足を止めるような刺激は場合によっては死にもつながる。  ブルー・ブレイドという魔法少女名(コードネーム)から予想できる通りの近接戦闘タイプならば、痛覚を切断して近場で切り結ぶこともよくある事なのだろう。  結弦にはとてもできないことだが、魔法少女の多くはそういった荒事に慣れきっている。  最初の頃はかすり傷一つで大慌てしていた結弦も、今ではこの程度の傷にはあまり心が動かなくなっていた。さすがに内臓がこぼれかけていたり、腕がもげかけていたりすれば吐きそうにもなるが、この程度の傷だと精々服が汚れたらいやだなくらいにしか思わない。  結弦はくるりと杖を傷口に向け、口の中で呪文を詠唱する。  呪文は、魔法少女の胸の裡から湧いてくるものだ。誰が唱えても同じように効果があるわけではない。それは時に意味深な言葉の羅列であり、時にただ真心からあふれる祈りの言葉であり、そして時に叫びや嗚咽の形をとることもある。  要するに、魔力を効率よく現象――つまり魔法に変換するためのプロセスに過ぎないのだと今の結弦は理解している。 「はい、ふさがりました。十分くらいは魔力が乱れて痺れる感じがあると思います。あと、血が足りてないと思うので、ちゃんと水分と糖分補給してくださいね」  まるで献血だ、なんて思いながら、結弦は段ボール箱の中の清涼飲料水とお菓子を少女に渡す。 「ありがと。お金は?」 「組合費から出てますので」 「あたしらの税金でってわけだ」 「保険料と思ってくださいよ」  ブルー・ブレイドはペットボトルを開けて清涼飲料水を呷り、それから軽く魔力の燐光をまとわせて、魔法装束の汚れを払い、破れや解れを直していった。 「毎回面倒臭いなあ。変身し直すのも大変だし。服は直してくんないの?」 「服は魔法でできてるので、わたしの魔法で干渉できないんですよ」 「使えないなあ。まああたしも回復はあんまり使えないし、そんなもんなのかな」 「そんなもの、ですよ」  お菓子と清涼飲料水をすっかり平らげ、ごみを結弦に預けたブルー・ブレイドは、携帯端末で連絡を取りながらまた夜の街へと駆け出して行った。  勤勉な事だ。あれだけの怪我をしてなお、まだダークソーンたちと戦おうというのだから。  別に彼女たちは、戦いたくなければ戦わなくてもいいのだ。  その分組合からの報酬はなくなるけど、それはもともとの生活にはなかったものだ。  ただの女子中学生として暮らす分には、痛い目を見てまで稼ぐ必要のないものだ。  結弦は再びフェンスに体重を預け、次の客を待ち始める。  来たら来たで面倒だが、来なければ来ないで退屈で仕方がない。  眠気こそ魔法でどうにでもなるが、退屈はひたすらに心を削る。  とはいえ、結弦は勝手に休むわけにはいかなかった。  結弦は他の魔法少女たちと違って戦う能力こそ乏しかったが、しかし数少ない回復魔法持ちであり、そして他の魔法少女をはるかに上回る膨大な魔力持ちだった。自前の魔力でちまちま回復するほかのない魔法少女たちにとって、戦闘に使わなければならない魔力を温存して、速やかに回復を施してくれるヒーラーの存在は貴重だ。  この街にいる結弦と同等のヒーラーはたったの三人。交代で回してはいるけれど、疲れてるから嫌ですとは言えない。  仮に結弦がしんどいので退職させていただきますと告げたら、組合が黙ってはいない。  正体不明の邪悪な存在であるダークソーンたちが魔法界から密かにこの世界の闇に住み着くようになって、どれだけになるのだろうか。人の心に忍び込み、心の毒を育てて凶行に走らせる悪魔たち。人の心を喰らい、夜の闇にはびこる魔物たち。  魔法少女はそのダークソーンたちに抗うため、魔法界からやってきた妖精たちと契約した少女たちだ。  魔法少女はその契約によって、妖精たちから恩恵を受けている。  ダークソーンたちを倒すことは、俗な言い方をすれば魔法少女たちにとって給料を得るための仕事なのだ。  だから、効率的な狩りをもたらしてくれるヒーラーがその役割を放棄しようとするのならば、魔法少女の権益のためにある組合は、結弦にどんな脅しをかけてくるか。 「どうしてこうなっちゃったかなー……」  溜息、いや、ぼやきがまた漏れる。  これで魔力が全然なかったら結弦はただの役立たずで済んだ。  だがこうして無制限にぼやきが漏れるように、結弦の魔力は底なしだ。 『ユヅルが自分でなるって言ったんじゃないか』 「言った、けどさー……」  ぬるり、と結弦の陰から顔を出すのは、結弦と契約を交わした妖精のノマラだ。  見かけは真っ黒な()()()()()()の猫といったところだろうか。シルエットこそ猫のそれだが、口もなければ目もありはしない、ただのっぺりと黒い顔面だけがある。  こうして結弦の陰から顔を出している姿などは普通の猫と大差ないが、いざダークソーンたちが出ればたちまちヒョウのように大きくなって、結弦を背に乗せて駆けだすのだ。  正直な所結弦からすると、幾何学的な美しさのあるダークソーンと比べて、妙に有機的な妖精たちのほうが余程魔物じみて感じられた。 「子供にいじめられてる猫を助けようとしたら、その猫が妖精だとは思わないじゃん」 『その節はどうも』 「で、その子供たちがダークソーンに操られてるとは思わないじゃん」 『危なかったねー』 「小学生に殺されそうになるとは思わなかったよ!」 『縦笛も武器になるんだねー』  あの時は酷かった。  黒猫と思ったら妖精だったというのもだが、虐めていた子供たちがみな恐ろしい形相で、口角泡を飛ばしながら罵詈雑言を吐き散らし、手に手にボールペンや縦笛、そこらの石などを握りしめて襲い掛かってくる様は悪夢さながらだった。  語られる狐憑きや魔女狩りというものは存外ダークソーンたちの暗躍によるものなのかもしれなかった。 『でも、ユヅルのおかげでこの街のダークソーン被害はかなり下火になってるよ。ワタシとしてはユヅルが魔法少女になってくれて良かったよ』 「それはいいことなんだろうけど、さー……」  でも、思わずにはいられないのだった。 「どうしてこうなっちゃったかなー……」  結弦はただ、毎日を平和に過ごしたかっただけなのだが。  はあ、と正真正銘のため息を吐き、苛立ち紛れにフェンスを蹴りつけた。  そんなことに意味はない。  意味はないとわかっていても、何かに当たらなければどうしようもないものがあった。  そんな自分のどうしようもなさにひどく疲れを覚える。  再びのため息とともにフェンスに体をもたれかけさせて、 『ユヅル!』 「えっ」  そして浮遊感が全身を襲った。  錆びついたフェンスはついにその生涯を終え、少女の体に押されるままに、ぐらりとビルの谷間へと落下していた。  普通の魔法少女であればこの程度の高さは、魔力で体を強化すればどうということはない。  しかし結弦が精通しているのは回復魔法だけだ。必要故に鍛えられた最低限度の身体強化さえ、とっさに扱えるほどには覚えてはいない。  つまり。 「どうしてこうなっちゃったかなー……」  その体はあっけなく落下していった。 用語解説 ・平賀結弦  残念なことに主人公。  魔法少女になったはいいが、身体強化と回復魔法しか使えないポンコツ。  的場中学校の二年生で、友達は小学校の頃からの幼馴染だけ。  好きな科目は家庭科と理科。真面目が取り柄といえば聞こえはいいが融通が利かない。。  部活動はUTB(アルティメット・テイザー・ボール)部。  両親とは死別しており、痴呆の進みかけている祖父源外と、介護に悟りを見出した祖母佳寿子と三人暮らし。 ・サファイア・ビル  バブル期に建造されたビルの一つ。当時はこれでも立派な高層ビルディングだったが、今では周囲に埋もれかけた古いビルの一つに過ぎない。廃ビルではないがよく「出る」と噂。 ・ブルー・ブレイド  魔法少女。近接攻撃型で、武器は剣。剣の腕は確かだが、遠距離攻撃ができないことや特殊な魔法がないことに悩んでおり、ヒーラーの存在には助けられている。 ・組合  魔法少女組合。  魔法少女たちが円滑に活動できるように、妖精たちの支援もあって設立された組合。  組合費として毎月一定の金銭を要求するが、ヒーラーの手配や、狩場の情報共有、必要な物資の融通など、活動は多岐にわたる。 ・ヒーラー  魔法少女の中でも特に回復に特化したものを呼ぶ言い方。  通常、魔法少女はダークソーンとの戦闘に特化した能力、つまり誰かを傷つけたり、誰かに傷つけられないようにする能力に目覚めるが、時折結弦のように回復魔法に優れた魔法少女が生まれる。 ・ダークソーン  魔法界からやってきたとされる魔物。  形而下においては黒い茨のような姿で認識される。  人の心に取り付いて毒を撒き、凶行に走らせて毒をまき散らし、繁殖するとされる。 ・ノマラ  結弦の契約妖精。いわゆるマスコット。  のっぺりとしたシルエットだけの猫のようであるとされるが、触り心地はかなり良いらしい。  小さな子猫サイズから大型のヒョウサイズまで体の大きさを変えられる他、影の中を移動することができる。 ・妖精  魔法界からダークソーンを追ってやってきたとされる超存在。  少女たちに力を貸して魔法少女に変身させ、ダークソーンを駆逐することがその目的とされる。
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