アプリでアイドル〜りおの料理チャンネル〜

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 一人暮らしのアパートの狭いキッチンで、フリルがついたピンクのエプロンに腕を通した。紐を背中に回して、後ろ手で結ぶ。  私は深呼吸すると、スマホを三脚に立て、縦向きにセットした。ホーム画面からピンクのイルカのアイコンを選び出し、タップする。  インカメラに切り替えて、自分の写りを確かめる。顔はフレームアウト。ヘアアイロンで巻いた髪の毛を胸の前に垂らす。手元のまな板と食材が綺麗に映るように、スマホの角度を念入りに調整する。  私はこれから、料理上手で明るい「りお」に変身する。  もう一度深呼吸してから、配信開始をタップした。視聴人数がすぐに30人になった。 「こんばんはー! りおでーす」  挨拶しただけでコメントが続々と届く。 【りおちゃーん、待ってたよ💕】 【今日も可愛い】 【毎日午後7時、これを見るのが日課です🍳✨】 【何作るの?】  私は頬を緩ませながら、じゃがいもを手に取ってスマホのカメラに近づけた。 「じゃーん。今日は肉じゃがです」 【僕の大好物。ありがとう】 【今日も一緒に作るぞー】 【たのしみ!】 【待ってました】  速すぎて他は読むことができなかった。1秒たりとも止まらずに流れるコメント欄を見ていると、気持ちが落ち着いた。今の私は、料理チャンネルの「りお」。大学1年生の伊原理央(いはらりお)ではない。 「みんなありがとう。早速作っていくね」  わざと気道を少し狭くして、アニメ声を出す。舌足らずな喋り方を演出する。そうすれば私を、「りお」を愛してくれる人が増えるから。みんなが愛してくれれば、自分を認めてあげられると思うから。  私がいま立ち上げているのは、「アイドル・ドリーム」という動画配信アプリだ。「スマホ1台であなたもアイドル」というキャッチコピーの通り、スマホだけで簡単にライブ配信ができるアプリ。「アイドル」は、アプリ内での動画配信者の呼称で、歌って踊るような配信をしていない私でも「アイドル」だ。  私がこのアプリの存在を知ったのは、大学の入学式のことだった。
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