アプリでアイドル〜りおの料理チャンネル〜

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 入学式の会場に向かうため、慣れないスーツを身にまとい、大学の門をくぐる。隣を歩く母が、きょろきょろと辺りを見回している。母の行動がとても恥ずかしく思えて「やめてよ」と言おうとした時、元気いっぱいの声が聞こえてきた。 「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます! ダンスサークル『プリズム』です」  ダンスサークルという単語に眉をひそめる。教室で本ばかり読んでいた私には似合わない言葉だと思った。5メートルほど先に人だかりができており、歓声が上がっていた。きっとあそこでパフォーマンスをしているのだろう。静かに通り過ぎよう。  そう思っていたのだが、一際大きな歓声、しかも黄色い声が上がったので、反射的にそちらを向いてしまった。そして、私は動けなくなった。真ん中で踊っている人物から、目が離せなくなったのだ。  少しウェーブがかかっている髪の毛。黒縁メガネ。涼やかな目元。口角は常にキュッと上がっている。ステップも体の動きもとても複雑そうなのに、楽しげに踊っていた。  ――かっこいい。  私はその場に根が生えたように動けなくなった。その人の手を、足を、顔を、動きを、全て捉えようと目を大きく開いた。先を歩いていた母が振り向いたのが見えた。私を探しているのか、不思議そうな顔で首を左右に動かしている。余計なものを視界に入れたくなかった。母から顔を背ける。  その人は顔色一つ変えず、難しそうなダンスを軽々と踊っていた。音楽がかかっていないのに、身体から何かが聞こえてくるようだった。手拍子でダンスを盛り上げるギャラリーの中で、私はひとり棒立ちで、その人の動きに見入っていた。  まるで重力などないかのように飛び回る。全身の神経を自分の意思で操っているような姿に、私は衝撃を受けた。  ――この人は、人前で堂々と自分を表現することができるんだ。楽しそう。  その人が右拳を天に突き上げ、下を向いた。そのまま止まり、肩で息をする。拍手が起こった。その人は数回大きく呼吸をすると、顔を上げてにこりと笑った。右手の中指でメガネを押し上げ、口を開いた。 「見てくれてありがとう。みんなのこれからの大学生活が、輝いたものになりますように。大和(やまと)でした」  放心状態で拍手をした。大和さん。誰にも聞こえないように、口の中でそっと転がしてみる。大和さんのダンスからは生命力と自信が感じられた。とにかくかっこよかった。  大和さんが仲間から投げられたタオルを片手でキャッチして、人の輪の中に戻っていく。  日の光を浴びて汗を拭く大和さんは、ここにいる誰よりも――もしかすると太陽よりも、輝いていた。大和さん自身が光を発しているのではないかと思った。
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