第一話:龍鳴街と火消し衆

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 響也さんが開かれた立派な門を遠慮なくくぐっていく。仕方がなく私も「失礼します!」と挨拶をしてお屋敷の門を越えていった。  大きな庭の木々や花々にはしっかりとお手入れが行き届いていた。  石造りの地面はいかにもどっしりと構えている様子だ。  一体どんな人が住んでいるのだろう。響也さんの背中を追ってお屋敷の中に入った私は、お屋敷の内装に目を輝かせた。  お屋敷を照らす様々な形の行灯。武家屋敷を思わせるように何枚も重なった障子が至る所に見受けられた。窓ガラスにも微かな装飾が施してあり、お屋敷の主の遊び心を映し出しているようであった。 「ぼうっとするな、こっちだ。来い」 「はい、すいません!」  ついついお屋敷に見とれていた私を、お屋敷の左側に作られた立派な階段に足をかけた響也さんが呼んだ。  黒塗りのつやがある、長い階段を昇っていく。途中、二階と思しき場所にも出たが、響也さんは足を緩めることなく階段を昇り続けた。そして三階、建物の一番上と思われる場所で足を止めた。私も横に並ぶ。  目の前には大きな襖がしっかりと閉められている。一体この奥にはどんな人が待ち構えているのだろう。こんな立派なお屋敷の主なんだから、いかめしい顔をしたおじいちゃんとかだろうか……。 「御堂。入るぞ」  響也さんが短く告げて、襖を開けた。  その先には――いかめしいお爺ちゃんでもなく、威厳にあふれた壮年でもなく、藍色の着物に白い羽織りを着た、穏やかな目の美青年が立っていた。  特徴的な黒くて長い髪を、真ん中でキレイに分けておろしている。 「響也、案内ごくろうさま。さて、君が連絡をくれた朱雀真琴君だね?」 「は、はい! 朱雀です、よろしくお願いいたします!」 「私は御堂玄斎(みどう げんさい)。真琴君、よろしくね」  声も中性的で、優しく耳に馴染む。  緊張している私の様子を見てクスりと笑った御堂さんが、ゆるりと手招きをした。 「話をするには少し遠いね。もう少しこちらにきたまえ」 「はい、失礼します」  私は畳張りになっている御堂さんの居室に入る。  大きな部屋の正面は全面ガラス張りとなっており、ほかの両側には様々な資料や地図、人相書きのようなものまで貼られていた。  私が中に入ると、座っていた御堂さんも立ち上がりこちらに一歩近づいた。  そしてにこりとほほ笑んで、細く白い指を口元にあてた。 「さてさて、何から話そうか。ふむ、順を追っていこう。まずは真琴君が私に連絡をとった理由を改めて聞かせてくれるかな?」  御堂さんの提案に頷いて、私は少し顔を下に向けた。 「はい。私の父が先日龍鳴街で亡くなりました。三月三十一日の深夜のことです。それで、私はある噂を耳にしました。龍鳴街では亡くなった人の想いが街に宿るのだと」  私の話を聞いた御堂さんが、大きく頷いた。 「その通り。龍鳴街で亡くなった人の想いはこの街に残る」 「だとしたら、私は父の無念を晴らしたいと思ってここに来ました!」  身を乗り出した私に、御堂さんが笑みを浮かべた。 「なるほど、君の事情はよくわかった。では今度はこちらの話をしよう、いいかな?」 「はい、お願いいたします」  御堂さんはゆっくりとガラス張りになっている部屋の奥へ歩く。 「龍鳴街には提灯が多いだろう。あれは朱提灯(あけちょうちん)と言って、この街の名物にもなっているが……あの提灯こそ、死者の想いを宿したものなんだ」 「あの提灯が、死んだ人の想いを宿している?」 「そう。にわかには信じがたいかもしれないがあの提灯――朱提灯は水をかけても消火器を使っても火を消すことは出来ない。朱提灯の灯りを消す方法はただひとつ。死者の無念を晴らすことだ」  あんな……吹けば消えてしまいそうな提灯の火が、死者の想いを宿して燃えている? 「信じられないなら、どこかの朱提灯で試してみると良い。朱提灯の火は決して消えない。そして私達には朱提灯を動かすことも敵わない」 「提灯を動かすことさえ出来ないんですか?」 「そう。決められた者にしか、朱提灯は動かすことも設置することも出来ない」 「さっきここへ来るとき、青い着物を着た狐耳の女とすれ違っただろう?」  黙って話を聞いていた響也さんが口を開いた。 「あの女は『狐炎』(きつねび)と呼ばれている。あいつだけがこの龍鳴街で唯一朱提灯を自由自在に動かすことの出来る女だ。朱提灯も全てあいつが運んでくる。最も、誰とも話はしない変わった女だがな」  少女とすれ違った時のことを思い出す。  頭の中に響くような声。『来たのね』あれは私の聞き間違いだったのだろうか。 「そうか、真琴君はすでに狐炎と会っていたのか。それなら話が早い。彼女は街の至る所に朱提灯を置いていく。信じがたいことに彼女は宙に浮くことも出来るので、朱提灯がどこに設置されるかは完全に予測不可能だ」  御堂さんの部屋の窓ガラスの向こうにも、朱提灯と呼ばれた提灯がいくつかぶら下がっていた。 「そして、この朱提灯に刻まれた無念を晴らすことこそが我々『火消し衆』の任務なんだよ」 「火消し衆?」 「そう。私達、朱提灯の無念を晴らす人間たちのことを人は火消し衆と呼ぶ」  龍鳴街の火消し衆――ここが、私の探し求めていた場所。 「でも、これだけの提灯が、すべて無念で満たされているんですか?」  私は街を見下ろして言った。街には、数え切れないほどの提灯がある。 「いいや、そうではない。もう少し、朱提灯について説明しよう。朱提灯はね、さっきも言った通り死者の想いを宿して灯るものなんだ。必ずしもその想いが恨みや無念、辛さでなくてもいいんだよ。家族を思う感謝の気持ち、街を愛する郷土への気持ち……朱提灯はどんな想いでもその身に宿すんだ」 「では、火消し衆の無念を晴らすというのは?」 「さっきも言ったように、朱提灯はどんな想いを宿しても灯る。その中で、無念や恨み、つらみ、苦しみを抱いて燃える朱提灯を見つけ、その火を消すことが我々の使命なんだ。無念を抱いた朱提灯は放置すれば穢れを生み出し、街を汚していってしまう。それは防がねばならない」  御堂さんが窓ガラス越しに、朱提灯の下の部分、黒い場所を指さして言った。 「ここは提灯の重化と呼ぶ場所なのだけれどね、ここにはそれぞれ朱提灯の主のメッセージが記されているんだ。その言葉を頼りに我々は無念の朱提灯を探し、ひとつずつその火を消していくんだよ」  膨大な作業だ。この街に、さっき歩いただけでどれだけの朱提灯があっただろうか。それをひとつひとつ調べ上げ、無念の想いを見つけ出し浄化していく――それが、火消し衆の仕事なのか。 「君はこの街でお父さんを殺されてしまった――もしもその無念を晴らしたいなら、君も火消し衆となりこの街の無念に立ち向かって欲しい。やがて、お父さんの無念に出会う時もあるだろう、遠からずね」 「遠からず、ですか?」 「ああ。この街の朱提灯のほとんどを我々は把握している。また、街を監視してくれている仲間もいる。亡くなった日時がおおよそでもわかっているならば、朱提灯の特定にもそこまで時間がかからないだろう。……こっちへおいで」  御堂さんが窓際に私を誘う。導かれるようにして、私はそこに立った。
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