第一話:龍鳴街と火消し衆

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第一話:龍鳴街と火消し衆

 四月がもう少し短かければ、ウソが許される日なんてなかっただろう。  四月一日の未明、私はお父さんの死亡を報せる電話で起こされた。  一瞬、何が起きたのかわからなかった。  混乱する頭で何も考えられないままカレンダーを見て、ああ、今日はエイプリルフールなのだと思った。  しかし、矢継ぎ早に届く続報に、これはウソでも冗談でもないといやでも認識させられていった。警視監であるお父さんは昨日、龍鳴街(りゅうめいがい)という街を視察に行って事件にあったのだという。  お母さんが早逝してから、父一人子一人で生きてきた。  お父さんは忙しいうえに不器用な人であったけれど、私を男手ひとつで育てあげ、精一杯愛してくれた。  そのお父さんが、死んだ。  警察の情報によれば、お父さんは他殺で事件の現場には逆十字の血文字が描かれていたという。  龍鳴街には、不思議な噂があった。  死者の想いが、街に宿るというものだ。  そんなことはあり得ない、噂を聞いた時はそう思っていた。  しかし私はお父さんの死を知り葬儀を執り行ったのち、早々に龍鳴街へ赴くことを決めた。例えそれが眉唾であろうと、お父さんに出来ることがあるならなんでもしてあげたかったのだ。  私は就職したばかりだったネオシティの警察署に一週間で辞表を出し、身支度を整えて龍鳴街へと向かうことを決意した。  悲しみを使命感で押し殺そうと、ただ一心にお父さんの無念を晴らすことだけを考えた。  龍鳴街には、街の無念を晴らすための組織があるという。  半ば信じがたい話ではあったが、私は縋るような思いでその組織にコンタクトをとった。  そして今、四月上旬。お父さんの初七日や諸々の手続きを早々に終え、私はネオシティから電車に乗って組織のある龍鳴街へと向かっていた。  龍鳴街行きの電車がトンネルに差し掛かると、彩度を落とした鏡のようになった電車の窓ガラスに、車内の照明を照り返す私のスーツ姿と銀髪が映る。  お父さんがいつも綺麗だと褒めてくれた、生まれながらの髪色。  忍び寄るセンチメンタルに歯を食いしばって、ひたすら電車が龍鳴街に到着するのを待った。 『次は、龍鳴街。龍鳴街』  電車のアナウンスに、いつの間にか下げていた顔をあげドアに向かった。  龍鳴街駅に出ると、そこはビル群が所狭しと立ち並ぶネオシティとはまるっきり別世界がひろがっていた。  龍鳴街駅のホームは龍鳴街を見下ろすように高い場所に作られている。  そこから広がる眼下の景色に、私は「わぁ……」と声をあげ目を見張った。  時代を感じさせるようなレトリックな洋風建設の建物。  昭和を思わせるような和風な家屋。中には一階が洋風建築で、二階より上は和風建築の建物が重なっているような奇妙なものもあった。  街の屋根は全体的に濃紺や黒に近い色に塗られていて統一感がある。  その間を縫うように作られた小道は埋め立てもしてなくて、街全体には赤い提灯が吊るされていた。ネオシティからほんの三十分で、私はまるで昭和か何かをコンセプトにしたテーマパークに来てしまったかのようであった。  遠くには小川も見えた。  目の良い私には、そこで遊ぶ子どもたちの明るい表情も見て取れた。無邪気な笑顔が印象的で、表向きは殺人事件など起きそうにないとてものどかな街だ。  見上げれば、空も大きく広がっている。ネオシティのビル群で切り取られた四角い空とは大違いで、解放感を覚えた私は大きく伸びをした。 「あっ、いっけない! こうしちゃいられないんだった!」  私は龍鳴街の無念を晴らすという組織の人と、待ち合わせをしていたのだ。  ホームの階段を下り改札を通り抜けると、改めて不思議な場所にやってきたんだな、という感慨がわいてくる。私は街の景色を眺めつつ、組織の人を探した。駅前にはたくさんの人がいて、一体誰が迎えにきてくれた人か判別がつかない。 「せめて制服のようなものを着てくれているといいけど……」  辺りを見回している私に、黒い服を着た背の高い男性が近づいてきた。  黒の襟無しシャツに黒のジャケットとパンツ。彼の姿は黒づくめである。  おまけに長めで無造作ヘアにセットされた黒い髪が、彼の印象を余計に黒に染めていく。  切れ長の目、黒い瞳。すっと通った鼻筋。すっごくイケメンだけど、強すぎる眼光がふと身構えたくなってしまうような鋭い印象、まるで野生の狼のようだ。 「朱雀真琴(すざくまこと)だな?」  低い、耳によく響く声で男性が言った。 「あっ、はい。朱雀真琴です。あの、組織のお迎えの方でしょうか!?」 「そうじゃなきゃ話しかけるワケがないだろう。特徴に銀髪と告げておいてくれて助かったぜ、探す手間が省けた。俺は不知火響也(しらぬいきょうや)。お前を組織まで案内するように頼まれた。ついてこい」  くるりと踵を返すと、響也さんが早足に歩き出す。  ええと、こういう場合お悔やみ申し上げます。とかこの度は残念でしたね。とかそういう一言があってもいいんじゃないかなー……。  なんて私が考えている間にも、響也さんはどんどん先に進んでいく。  私は置いていかれないように荷物を抱えて必死に小走りで彼の後に続いた。  響也さんはかなりの速度で歩いているが、一度もこちらを振り返りはしない。  そうですか、そういう気配りはしてくれない人ですか……。  その時、街にゴゥッと大きな音とともに強い風が吹いた。  私は思わず立ち止まり、両手を顔の前で交差した。  先を行く響也さんに追い付いて、話しかける。 「この街、凄い風が吹くんですね」 「なんだ? 知らないのか?」  響也さんがちょっと見下したような目をしてから、風をなぜるように手を擦る。 「この街は谷合に作られていて、北側から強烈な風が吹きつける。その風の音が龍が鳴くように聞こえるから、龍鳴街と呼ばれているんだ」  手をポケットの中に戻した響也さんが「まぁ」と小さく笑った。 「龍の鳴き声なんて誰も聞いたことなんざないだろうがな。だけど俺はこの街もこの風も、この名前も気に入っている」  さっきまでのどこか皮肉な表情が消えた響也さんの笑顔が、彼がこの街を心から大切に思っているのだということを伝えてくれた気がした。  龍鳴街。龍の鳴き声が駆け抜ける街。  風に揺れる、街中の提灯たち。私はふと、疑問に思ったことを口にした。 「響也さん、この街提灯が多いですよね。電気もしっかり通ってるのに」 「詳しいことは組織の本部にいる人間に聞け」  さっさと歩いていく響也さん。その横を、狐の耳をした女の子が提灯を片手にすれ違った。何かのコスプレだろうか。青い衣まとった、透き通るような綺麗な子だ。  すれ違いざま、ふと頭の奥に声が響いた。 『来たのね』  突然頭の中に話しかけられて振り返るが、そこには先ほどの少女の遠ざかっていく後ろ姿があるだけであった。 「来たのね……? この街、提灯を持って歩く習慣でもあるんですか?」 「それも本部のやつに聞けばいい。さっ、着いたぞ」  小道を抜けると、大通りに出た。その正面に、和風建築の大きな家がある。三階建てだろうか、家というよりお屋敷と呼ぶのがふさわしいかもしれない。
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