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【束縛】
――「お前がひとりに満足するわけねえだろ」
なんて、友達であるソウタは疑っていた。
結果、おれはそれをまんまと覆した。記念日にはプレゼント。女の子との接触は一切断つ。イチヤさんだけを見る。
それらの行動を見て、ようやくソウタも「マジなのかよ」と本気にしてくれた。悪かったなと謝って、おれのノロケ話を「気が向いたら聞いてやる」とまで言ってくれた。
ちょうど今日は気が向いてくれた日だった。大学近くのカフェに男ふたり、向かい合わせに席に着く。
おれは誰かにノロケるのが嬉しくて、イチヤさんの話を事細かくしてしまった。調子に乗った。それがいけなかった。
ソウタは「よく我慢できてんな」と同情してきた。
「スマホは壊すわ、予定は全部言ってこいだろ。しかも、暴力とか、どんだけやばい女と付き合ってんだよ」
「女じゃねえし」
イチヤさんは男だし。
それにやばくない。おれなんかより全然まともだ。生活力もあるし、ひとりで生きていける。
人を包みこむ優しさもあって。浮気したおれを何度だって許してくれた。すげえ、人だ。どう話したら、ソウタにも伝わるだろう。
考えている間にも、ソウタは頭のなかでおれの恋人(照れる)をやばいやつに仕上げているらしい。
「男だったら、ますます暴力とかやばいんじゃねえ」
「いや、怪我はしないから」
ほとんど拳を出させるおれが悪いし。じゃれているだけだ。
「しなくても、あんまりよくないんじゃねえの。暴力だけじゃなくて、束縛も入ってるし」
「え、束縛?」
束縛って、あの愛情の行き過ぎってやつか。恋人の別れ話の理由になるという噂の。
「へー、そうか。イチヤさんがおれに束縛」
イチヤさんは束縛したいくらいにおれを好きなのか。
「な、何で笑ってんの、お前? とうとう、おかしくなったか?」
おかしくなんか、全然、なってない。イチヤさんがおれを束縛しようとしているなんて、気づかなかった。
イチヤさんもおれを好きで、そういうことをしてくるようになった。最高じゃないか。
「束縛ねぇ。そうだったのか、へー」
「なあ、マジで大丈夫か?」
「大丈夫。むしろ、最強」
「だいぶ、やばそうだな」
最強なおれは考えることをやめた。そうだ、これを言ってしまえばいいんだ。
「おれ、イチヤさんがめっちゃ好きなの。他のものが見えなくなるくらい。ずっと一緒にいたい。離れたくない。そんなことばっかり考えてる、おれの方がやばいと思う」
イチヤさんがどれだけ素晴らしい人か説くよりも、好きって気持ちをストレートに話した方がいいと思った。
ソウタには「しまりのねえ、アホみたいな顔」とバカにされた。そんな言うほどひどい顔だろうか。
先日も名前を思い出せない女の子から、「とろけた顔」と言われたばかりだった。
「でも、まあ、わかった。お前が幸せならいいかもな」
苦笑まじりに嬉しいことを言ってくれる。そうだ、おれは幸せだ。横から入る隙もないくらいに。
ソウタに伝わってひと安心していたら、やつが企んでいるようにニヤニヤしてきた。席を立ち上がって、隣に近づいてきた。どうせ、ろくなことじゃない。
軽々しく肩に腕を回してきて、おれはうざいと払った。
「いてえな」とうめいていたけど、知るか。
「その彼氏とやらを紹介しろよ、な?」
「はあ?」
「一回会ってみたいんだって、お前の彼氏」
「彼氏」の響きは何だか甘くてそそられる。イチヤさんを誰かに紹介するだなんて、思いもしなかった。
ソウタは好奇心というよりかは、おれを心配してくれてるのだと思う(思いたい)。
「イチヤさんがいいって言ったらな」
「いい」と言ってくれるかどうか、あんまり自信ない。
イチヤさんは男同士の仲を公言されたくないタイプだ。人目があるところでは、なかなか隣を歩かせてくれない。手を繋ぐこともできない。無理だろ、どう考えても。
だけど、ソウタに紹介できて認められたら、なんか嬉しいと思う。いいって言われたいけど、イチヤさんの気持ちも尊重したいっていうのもある。
どっちにも振れない複雑な気持ちで、ソウタとの話を終えた。
今日の予定を淡々とこなして、家に帰る。いつもならイチヤさんを見つけたら、すぐに抱き締める。
しかし、今日だけは目の前にいても、できなかった。ソウタとの約束が、抱き着きたいおれの欲望を消した。
腕を宙に上げていたら、イチヤさんが「何だよ」と首を傾げてくる。
「別に、何でもない」
腕を下ろした。緊張で喉が乾いている。あくまでも自然な感じで話すことを心がける。
だけど、いつもどうやって話をしていたっけ。きっかけがわからない。何度か「あー」とか「うー」とか言って勢いをつける。
「おれの友達と会ってくれないですか!」
大声で叫んだ。変な敬語にもなった。もう、ダメかもしれない。イチヤさんはシャイだから。
今だって腕組みをして、悩んでいるみたいだけど、ダメならダメでいい。多くは望まない。ちょっと、残念だけど。
「わかった」
「えっ、いいの?」
「別に。お前の友達なんだろ? 会うくらい全然いい。それに、おれの知らない、お前の話をいろいろ聞いてみたいし……」
照れたように顔をそらすところも可愛い。こっちがデレたら「きも」と蹴られたけど。おれは痛がりながらもニヤニヤを止められなかった。
「ありがとう、イチヤさん」
もうそれだけで満足だ。胸がいっぱい。
「何だよ。いつもみたいにしろよ。調子狂うだろ」
いつもみたいって、何だ? 調子狂うって、何でだろう?
「わかんねえのかよ」
首を傾けてもわからない。うなりにうなっていたら、「くそ」とののしられた。だけど、すぐに腹に向かってタックルされた。「ぐへ」と変な声が出る。
それで終わりかと思ったら、珍しく、イチヤさんの方からおれに抱き着いてきた。
「あれー、イチヤさん」
甘えたがりかな。
「うるせ」
ぎゅーってしてくるから、おれも抱き返してあげる。
もう、理性なんか、どうなったっていいや。ソファに押し倒した後で、殴るなり蹴るなり好きにしてよ、イチヤさん。
〈おわり〉
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