博物館で迷子

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『たえちゃん今どこ?』 『オルドビス紀』 『Σ(゚Д゚;マジ!? 俺まだカンブリア紀だ~。すぐ行くから待ってて!』 『無理。人に流されてる』 『じゃダッシュするわ! 三(lll´Д`)』 「……」  こんなおっさんくさいメッセージを送る高校生、勇太郎(ゆうたろう)以外にいやしない。  ため息をつく妙香(たえか)のすぐ横を、ホログラムのオウムガイが漂っていった。  海底を模した室内は、古代の生物であふれていた。床には立体映像のサンゴやウミユリが群生し、足もとを泳ぐウミサソリや三葉虫を子どもたちが追いかける。その後には親たちの小言が続いた。  妙香が一人ぽつんと立っていると、室内が突然地響きに包まれた。前面に配置されたパネルに巨大な山が映る。山頂付近からは大量の黒煙が上がっていた。 『約四億四千四百万年前、いわゆる「五大絶滅」最初の大量絶滅がおきました。世界中で発生した巨大火山の噴火が引き金となり、地球全体が寒冷期に入ったのです――』  ナレーションに次いで、火山が爆発した。大量のマグマと同時に噴出した火山灰が大気中に拡散し、太陽光を遮っていく。パネル上に映し出される映像に呼応するように、室内の照明も暗くなった。足もとで揺れていたウミユリがしおれ、力尽きた三葉虫が動きを止めた。  激しい火山活動を見つめながら、妙香はついさっき自分を襲った爆発のことを思い出していた。  爆弾を落としたのは勇太郎だった。科学博物館への道すがら、突然こう言った。 「俺、陸上部のサトミさんに今めっちゃアプローチしてるんだけど、なぜか水泳部のナツキさんがぐいぐい来るんだよなあ。このままだとナツキさんに告られるかもしれん。良くないよなあ。ここは思い切って、ビシッと断った方がいいのかね」  妙香は隣の幼なじみを二度見した。 「妙香はどう思う?」 「どうって……」  大ショックだった。  勇太郎はモテの対極にいるような男子だった。やせぎすで体の動きがカクカクしているところや、身なりに頓着せずな黒縁眼鏡をかけているところが、同世代の女子たちから「キモいオタク」とみなされていた。  勇太郎が食べても太らない体質なのを気にしていると、妙香は知っていた。また、眼鏡を外すと視力0.01の瞳が意外に透き通って見えることも知っていた。そして、それを知っているのは自分だけでいいと思っていた。 「妙香にはわからないかなあ、こういう話は」  口ごもっていると、勇太郎は自分から話を打ち切ってしまった。後には妙香の煩悶(はんもん)だけが残った。  サトミさんに、ナツキさん?  チケット購入の列に並びながら、妙香は思い返して落ち込んだ。勇太郎が名前で呼べる女子が他にいるなど考えたこともなかった。  入場後もそのことばかり考えているうちに、一人で先に進んでしまったらしい。気がつけば勇太郎とはぐれていた。
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