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絞り出せたのは、さっきから愚か者の一つ覚えのように頭の中を駆け巡っているその疑問だけ。
【いつから君は――――――】
ロランディの先祖からの教示は、宗教の概念にこそ届かないけれど、まるで皮膚呼吸が出来なくなったかのように、オレを不快に罰するくらいには染みついている。
【私が人の物になったのは――――――ほんの二時間くらい前からだわ】
【――――――は?】
答えの内容が上手く呑み込めない。
冷静になりかけていた思考がまた混ざる。
そんなオレを尻目に、彼女は手櫛で髪を梳きながら息を吐いた。
【あなたとエッチして幸せに眠って、でも零時を過ぎた瞬間から、人のものになったの】
【…もしかして今日は――――――】
そんな予測はどうやら外れていなかったらしい。
【ごめんね。今日は私の誕生日だわ。めでたくもないけれど】
ビスチェを着て、シャツを羽織り、最後は白のジーンズを穿いてウエストまで引き上げる。
【それじゃあね】
【ちょっと待て、――――――】
【もう部屋に戻るわ。お互い、これ以上関わってもいい事ないわよ】
【待って、頼むから】
隙を見せれば直ぐにでも歩き出そうとする彼女の手首を掴み、空っぽの思考から漸く出た言葉。
【俺の方が先だ…】
ふ、と。
彼女から柔らかな笑みが零れる。
本気で向き合って付き合いたいと、決意したオレを肯定してくれた、あの時と同じ微笑み。
【サクヤ、順番をいうなら、私が十八になったら婚約する事は、生まれた時から決まっていたのよ】
【…関係ない。――――――何か、制約があるならオレが――――――】
【やめて】
オレが言おうとした事を察したのか、思いのほか強い口調で彼女は首を振った。
【私はそんな事は望んでいないし、あなたを、ましてロランディを乱す気はないの】
【関係ない。オレは】
【ご両親に何を頼むの?】
【…】
次の言葉が、出てこなかった。
そうだ。
社交界において、まだ大した権力も権限もないオレが出来る事は限られている。
結局は、ロランディの――――――父さんや母さんに頼る事になる。
しかも、忌避すべき"序列を乱す行為"の助力を求めて…。
【わかるでしょう? 誰も幸せになんかならない展開になるわ】
【…】
【あなたが私を攫ってくれたとする。でも私は、ロランディのそんな針の筵に座ってまで、あなたが大人になるのを待つ気はないの】
力のない子供だと、現実が刺さる。
微動も出来ずに固まったままのオレの頬に、彼女の手が伸びてきてそっとあてられた。
【本当はね、あの時。――――――あなたが正式な恋人に申し込んでくれた時、私の方が嬉しかったの。潮時だって、アレ、自分に言い聞かせてた。…私の、事だったの。十八になったら結婚しなきゃいけないのに、ただ経験した人数が増えていくだけじゃ、私には何も残らない。でもあなたなら、もしかしたら甘い恋の夢を見せてくれるんじゃないかって、そう思って…】
【…叶った…?】
【ふふ。ほんのちょっとだけどね。やっぱり、しようと思って、始まるものじゃないのよ、恋は】
オレでは、恋の相手にしては不足があった。
そう匂わせる言葉が、果たしてどこまで本音だったのか。
【でもね、これだけは確か】
――――――あなたと一緒にいる時は、ずっと幸せな気持ちだったわ、私。
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