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エピローグ
「先月、千夏…あ、いえ妻と娘が急に妻の実家に帰ってしまって…」
真面目そうな男性が、気力の無い目でホームからレトロな列車を眺めている。
「ちゃっかり転職も済ませてて。今日なんか弟夫婦と一緒にハイキングだそうです。俺、思い返すと自分勝手でした。悪気なんてなかったけど…でも思いやりもなかったんだって思い知りました。それからずっと後悔してて...」
「左様でございますか。しかしながらお客様はまだご乗車いただく時期ではございません」
ハッとした男性は、運転席の窓から顔を覗かせる女性車掌と目を合わせた。
「なら、もし…俺が変わったらその時は…乗せて…くれませんか?」
ボソボソと自信が無さそうに話す男性を無表情で見つめていた車掌だが、やがて小さくため息をつくと一呼吸おいて微笑んだ。
「勿論でございます。今の状況、葛藤、お悩み。すべて潮時になったその折には」
ゆっくりと列車が動き出す。
彼は追いかけようと足を踏み出すが、慌てていて少しよろける。
何とか踏みとどまって体制を立て直しながら運転席の窓を見ると、そこに車掌の姿はない。
「潮引いて潮時」
首を伸ばして一瞬だけ、去りゆく列車の運転席を覗き込む。
なぜか大きなトラ猫と小さな白猫が仲良く座っているように見えた。
「お客様のご卒業をお待ちしております」
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