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街の酒場でテーブルの前に座った二人の人物が食事を取っていた。 一人は黒髪の女性で、注文した肉料理にがっついている。 そんな彼女の前では、酒場には似つかわしくないブロンドの髪の少女が辟易(へきえき)した顔で、テーブルの上にある肉料理を見つめている。 食欲がないのだろうが。 金髪の少女は料理に手を伸ばさない。 「どうした? 食べないのか?」 黒髪の女性が訊ねると、少女は顔をしかめた。 そして、そんな表情のまま答える。 「朝からこんなに食べれないよ。それに、肉しかないじゃない。もっとさっぱりしたものはないの?」 「アタシの一日は肉で始まり肉で終わる。明日から考えてやるから、今日はこれで我慢しな」 女性はそう言うと、少女に食べるように(うなが)した。 彼女の言葉を聞いた少女は、渋々肉料理に手を伸ばす。 この金髪の少女の名はルクレティア。 八歳になったばかりの元貴族の少女だ。 そして、彼女の目の前にいる黒髪の女性の名はメリット――用心棒の仕事をしている二十九歳独身の女戦士である。 「ほらルク、早く食べな」 「わかってるよ……」 料理に手を伸ばしたものの、いつまでも口へと運ばないルクレティアに、メリットが言った。 メリットはルクレティアのことをルクと呼んでいる。 一体何故こんな酒場に元貴族の少女と女戦士がいるのか? それは、ルクが自分の家から追放されたからだった。 ルクの家は、ここら地域でも由緒正しい貴族だったが。 彼女の父が病気で亡くなると、義母であった女性に家を乗っ取られてしまった。 相続の権利があったのは家長だった父の娘ルクと、妻だった義母だったこともあって、ルクのことを邪魔に思ったのだろう。 ルクは義母の策略によって身に覚えのない罪を被せられ、屋敷を追い出されたのだ。 当然、まだ幼い少女に自活することなどできず、彼女が森を彷徨っていたところを、メリットに拾われたというわけだ。 ルクは怒りに燃えていた。 父の家を取り戻すというよりは、自分の居場所を奪った義母に復讐しようとしていた。 「ねえ、メリット」 「うん? なんだ? 飲み物が欲しいんなら……」 「そうじゃない。昨日話したこと……考えてくれた?」 肉を突き刺したフォークを手に持ったまま、ルクはメリットのことを(にら)むように見つめた。 彼女が口にした昨日の話とは、自分の代わりに義母へ復讐してくれというものだ。 幼い自分では、とてもじゃないが屋敷にも近づけない。 だからルクは、メリットを雇って義母の首を斬り落としてやろうと思っていた。 「報酬ならちゃんと払うから」 「払うっつったって、アンタ今文無しだろ? どうやって金を用意するつもりなんだよ?」 「そ、それは……後払いで……」 「話にならないね。いいから早く食べな」 だがメリットは、けしてルクの言葉を聞くことはなかった。 その後、食事を終えた二人は酒場を出た。 店の外では、朝から屋台などが出ていて(にぎ)わっている。 ルクとそう変わらない子供たちも出店を手伝っている光景が目に入り、彼女はその様子を見て隣を歩くメリットへ言う。 「じゃあ、お金を稼ぐから仕事を紹介してよ」 少女の言葉に、メリットはため息をついた。 そして彼女は呆れた顔のまま、表情を強張らせているルクに答える。 「あのなぁ、アンタみたいな子供に仕事なんてあるわけないだろ」 「でも、他の子は働いてるじゃない? だったら私だって……」 「あれは家の仕事を手伝ってるの。それに、こないだまでお嬢さまだったアンタに、できる仕事なんてあるの?」 メリットの言葉に、ルクはぐうの()も出なかった。 この女戦士が言うように、これまでずっと豪華な屋敷で何不自由なく暮らしていたルクには、できることなど何もない。 だが、ルクは引き下がらなかった。 なんとか自力でお金を稼ぎ、メリットを雇っって、自分を追放した義母へ復讐をしたいと言う。 しかし、いくらルクが何を言おうが、メリットは少女の相手をしない。 どうでもよさそうに「はぁ~あ」と欠伸(あくび)して、彼女の前を歩いて行ってしまう。 「ちょっと聞いてるの!? 私は本気なんだよ!」 「聞いてる聞いてる。だからこんな態度を取ってるんだよ」 「なんでよ!? お金なら頑張って払うって言ってるでしょッ!?」 先を行くメリットの背中を追いかけるルク。 すでに貴族のとき着ていた服はボロボロになっていたため、メリットに与えられた庶民の服へと着替えてはいたが。 その気高い振る舞いは消えていなかった。 声を張り上げながらも、やはりどこか上品な仕草だ。 大きな声を出し続けるルク。 メリットはくるりと振り返ると、ルクの目線に屈んで彼女のことを見つめる。 「あのな、ルク。復讐なんてやめとけって。別に誰かが殺されたわけじゃないんだろ?」 「そうだけど、屋敷を追い出されたまま……このままじゃ気が済まないじゃない! あの女に……私が味わった屈辱(くつじょく)を返してやりたいんだ!」 「そんなの(むな)しいだけだって。それよりもアンタの今後の幸せを考えな。運良くアタシみたいな美人のお姉さんに拾ってもらったんだから、これからも上手くいきそうじゃない?」 「運がいいもんかッ! 私は今不幸のどん底だよ!」 「それってアタシが美人じゃないってこと? 傷つくなぁ。これでも結構モテるんだよ、アタシ」 「どうでもいいよ、そんなことッ!」 メリットはルクを(なだ)めようと言葉をかけ続けたが。 ブロンドの髪の少女は、そんなことぐらいでは収まらなかった。
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