第3章 俺のお嬢を守って

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第3章 俺のお嬢を守って

「ただいまぁ。シキ、誰か来てるの?うちにお客さんなんて珍し…、。わ、っ」 気持ちはわかる。マンションへと帰り着くなり駐輪場からそのままこの部屋に拉致されて制服のままリビングのソファの上にちんまり座らされていた俺は、玄関から気楽な口調で喋り散らしながらひょいと首を出していきなり視界に入った光景に目を丸くする山科の驚愕した視線に晒され、大変申し訳ない思いでますます身を縮めた。 「ごめ、…山科。そりゃ、びっくりするよな。家帰ったらいきなりクラスのやついたら…」 肩をすぼめてぼそぼそと呟く。せめてこの場にお兄さんのシキが居合わせてくれたらよかったんだが。お茶を出してくれるつもりなのか、ここで寛いでて。と言い置いて奥に行ったきり、しばらく戻って来ないでいるところにちょうど彼女が帰ってきてしまった。というわけだ。 制服姿で鞄を肩からさげたままの山科は首を振って、俺の気を軽くしようとしてくれた。 「須田はクラスの中でも他の子たちとは違うから。ここに住んでることは知ってるし、そこまで驚かないよ。それより、識はどこ行ったの?ていうかあいつに連れてこられたんでしょ。さすがに須田が勝手に家に上がったとは最初から全然思わないから。どっちかっていうとびっくりしたのはそっちだよ」 「何で妹の同級生を勝手に家に引き入れたのかって?」 そりゃそうだよな。俺なら親に、そういうことはまずこっちに相談してからにしてくれよ。とあとで噛みつくこと間違いなしだ。山科はでも、頓着なくあっさりと否定した。 「それは識がよければ構わないけど。お客さんを招んどいて自分は奥に行って放っぽりっぱなし、は本当やめて欲しいよ。ごめんね、失礼なことして。今からお茶淹れるから」 「別にいいよ、そんなの。お構いなく。それより、鞄置いて着替えてきたら?俺は平気だから。そろそろシキさんも出て来ると思うし」 そんなやり取りの声を聞きつけてきたのか、奥からドアの開く微かな音がしてのっそりと彼がリビングに再び顔を出した。小脇に薄いノートパソコンを抱えている。 「悪い、招んどいて待たせて。ちょっと片付けなきゃいけない仕事があったから。手をつけたらついそのまま…。お前がいたこと忘れかけてた。今からお茶淹れる」 「わたしがやるよ」 すっかり呆れ果てた、といった口調で言い捨てて山科がキッチンがあると思しき方へと向かう。その背中に向けて彼はぴしりと決めつけるような声で制した。 「お嬢はそういうのいいから。部屋で着替えてきて。制服はちゃんとハンガーにかけるように。この前みたいに椅子に適当にかけとくと明日皺に」 「呼び方」 …お嬢? 訥々と小言をかます彼の台詞を、やや咎めるような声色で小さく遮る山科。けどその突っ込みはもう遅過ぎる。俺の脳内は既に違和感を素早く察知して、ぐるぐると渦巻く疑念でいっぱいになっていた。 妹に対する冗談半分の渾名かな。それにしてもふざけた態度もなく、特にからかう口振りでもない。 ごく自然にいつも通りの馴染んだ呼び名がすっと出てきたように感じた。何となくだけど、この人はナチュラルに普段から妹をお嬢呼びしているらしい。と意味わからないながらも変な確信が生まれる。 彼はパソコンをテーブルの上に置いて立ち、自らもキッチンの方へと移動して『お嬢』をそこから追い立てた。 「別にいいだろ。こいつにはわざわざ隠すことない。そういうのは俺が判断するから、お嬢は心配しなくて大丈夫だ。…早く着替えておいで。お嬢の分もお茶淹れておくから」 最後の台詞がそこはかとなく優しい。本当に妹大好きなんだな、ってことはその接し方を見てるだけで何となくわかった。 大人しく言われるままに奥の方へと山科が消えて兄貴の方もリビングの隣へと移動して見えなくなった。程なくして多分キッチンからかちゃかちゃ、と食器の触れ合う音がし始める。きっとカップか何かを用意してるんだ。そっちの方面から改めて淡々とした声で質問が飛んでくる。 「…須田くんはコーヒー派、それとも紅茶がいい?緑茶がよければそれもある。俺の名前もう知ってるんだ。『シキ』って呼んでたね」 「…わたしが教えた。彼の前でそう呼んだから、何度か」 それを小耳で拾ったらしき山科が自室の中から(多分着替えながら)ドア越しに声を張り上げて助太刀してくれる。そりゃそうだ、こっちはわざわざあんたの名前調べるような手間かける気も手段もないよ。管理組合に30階に住んでる妹と二人暮らしの男の人のフルネーム教えてください。とか談判しても通るはずないし。 それにしても、ここに来て今さらしらっと『くん』付けで丁寧に呼んでくれて表面取り繕っても。もうとっくに手遅れでしょ。散々お前とかこいつとか目の前で呼び散らかしたあとなんだけど。 しかも今回が初対面の次でまだ顔合わせるの二度目だっていうのに。妹の同級生だから確かに歳下だし、しかも野郎相手だとはいえ。考えてみるとまるで赤の他人に対してお前呼ばわりとか、なかなかに酷い対応だなぁ。
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