エデン

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エデン

 雨が降り出した。アタル・カンサクは制御室の窓を叩く雨粒の音に気を引かれ、コンクリートを塗り広げたように灰一色の空に目をやった。風に煽られて、ガラスにへばりついた水の膜が上下左右に揺れている。  カンサクは溜息をついた。幼い頃から雨は嫌いだった。鳩を飛ばすことが出来ないからだ。 「ごめんね。君はもう、広い空の下を飛ぶことはないかも知れない」  特例的に1羽だけ、持ち込みを認められた伝書(レース)鳩のアウラア号に声をかけた。鳩は風雨の音や、飼い主のうち一人の憂鬱などどこ吹く風で、給水器に首を突っ込んで水を飲んでいる。 「あなた、鳩にも嫌われてるのね」  反対側の窓で背を向けていたはずのクリス・エバタが、いつの間にかこちらを向いていた。淡褐色の肌のせいか、透明感のある青と緑で彩られた水球(グローブ)を背にすると、彼女は人ではなく精霊のようだった。水球を中に取り込んだかのような、青い瞳が彼を睨みつける。  カンサクは灰がかった茶色の瞳で、彼女の視線を真正面から捉えた。 「口と態度に気をつけた方がいいですよ。私はこの東待避所(イースト・エデン)の管理責任者です。あなたは本来、ここへの立ち入りを許されていないのですから」  クリスは待避所(エデン)に入る資格を持っていない。それどころか、彼女は地球浄化計画に反対する団体に身を置いていた。 「反対派の人間とはいえ、親友の彼女を拉致ってきて、必要のない身体検査(ボディ・チェック)までしておいて叩き出す? あなた、何がしたいの」  シャツの胸元に手をかけ、左右に広げるようなジェスチャーをした。 「私の裸が目当てだったのかしら」  彼女の頬が引きつるのを見て、カンサクの目は床へ落ちた。 「違うのよ、ねえ。愛するコウタ・ノアキを誘き寄せるのが目的でしょ。だったら下手な脅し文句なんて口にしないで。頭にくるから」 「私は間違ったことはしていません」  彼の声は自分でも驚くほどに弱弱しかった。 「正しいとか、間違ってるとか、そういう考えがずれてるって分かんないかな。昨日のあれは是非の問題じゃないから。私が赦すか赦さないかだから」 「その……、検査のやり方については、謝ります」  カンサクが上ずった声を上げると、彼女は声を低くして、「赦すわけないじゃん」と言い捨てた。
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