並木道

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並木道

春は新生活の季節。なんて言うけれど、新生活のタイミングなんて人それぞれ。 新学期、新年度。確かに春はたくさんの新しい出来事があるけれど、私にとっての新生活は真冬から始まるんだから。 春から就職。 地元を離れ、新天地での生活を迎える私は、 その準備として、この冬から一人暮らしを始めることになった。 初めての一人暮らし。初めて見る景色。ここから始まる新たな道。 なんだろう。心がすごくざわついている。 「あ……」 新居に向かう道中に葉の一切ついていない枯れ木の並木が広がっていた。 この並木道にはどんな木が植えられているのだろう。 風が吹いて、微かに枝を揺らすその枯れ木の群れは私を歓迎しているの? 思えば私の思い出には並木道が多かった。 ひとつ。学校前、桜並木の坂道で舞い踊る桜吹雪を綺麗だねって友達と話して歩いた。 またあの景色をみんなで見ることはできるかな? ひとつ。夏の日差しに青々と光るトウカエデの並木を見ながら、秋の紅葉が楽しみだねとカフェのテラス席で食事をした。 何でもない会話こそが幸せだったのだと、今では本当にそう思う。 ひとつ。鮮やかに彩られたイチョウの並木が綺麗な公園で大事な人と約束をした。 今は遠くに来てしまったけれど、ちゃんと心は繋がっている。 再会する時、私はどんな私になっているのだろう? しばしの別れを前にしたあの日の私はちゃんと笑えていたのかな? 一つ一つ。浮かんではまた沈んでいく。 『あの頃は楽しかったね?』 頭の中でもう一人の私の声がした。 いつの間にか俯いていたらしい。 目に映っていたのは足元だった。 『みんなでいた頃に戻りたい?』 新生活の前にちょっと不安が勝ってたみたい。 でも俯いてたら何も見えない。 私の中には残っている。 懐かしい記憶。大事な思い出。忘れたくない宝物。 全てを抱きしめて空を見上げる。 枯れ枝の隙間から果てしなく続く青空はどこまでも清々しかった。 大丈夫、前を向いて歩いて行ける。 青空が教えてくれた気がしたんだ。きっと、楽しいことは比べるものじゃないって。 『私、あの頃【は】じゃなくて、あの頃【も】楽しかったって言えるようになりたい。だから……』 「だから、私は戻りたいとは思わない。ちゃんと今を歩いくの」 声に出したら、心のざわめきが収まっていくように感じた。 みんなに再会する日、あの日の私よりずっとかっこよくなっていたいから 私は私なりに歩いていこう。 いま目の前に広がる枯れ木の並木は私にどんな宝物(おもいで)をくれるだろうか。 それは素敵なものに違いない。
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