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英治は武者震いする脚をどうにか自立させるのがやっとだった。
呼吸の乱れを押し退けて、興奮がマイクを固く握らせる。
目の前にいるのは、ラップにのめり込むきっかけをくれた憧れの人。
サングラスの奥に潜む、彼の鋭い眼差しが英治にはまだ感じ取れなかった。
スポットライトに照らされたステージは、
危うい香りが充満する薄暗いクラブの中で孤独に輝く。
気の荒い観客が飛ばす催促の野次も、
真正面のみを捉えていた彼らにとっては騒音と呼ぶに値しない。
満を持して司会の一声が喧噪を断つ。
「DJ KIRYU、この試合のビートをお願いします」
熱気の立ち込める空間にアップテンポのサウンドが昂然と浸透していく。
出場者・観客ともども首を縦に振らずにはいられなかった。
「ナイスビート! これはバチバチな試合になる予感がしますね。
さぁ、皆さん、泣いても笑ってもこれが最後です!」
勝てばめでたく全国大会進出となるが、負ければここで脱落。
次なる挑戦はまた来年へ持ち越されてしまう。
ラッパーを志してから2年余りで、
これ以上なく血沸き肉躍る舞台へ立てていることに、
18歳の小柄な青年は感謝した。
「全日本ラップ選手権 東京予選 決勝
先攻 イルロック、後攻 MC英治 8小節3本勝負 Ready Fight!」
DJは慣れた手つきでレコードを滑らかに擦る。
偽らざる気持ちのせめぎ合いが織り成す、即興仕立ての音楽ライブ。
ゴングに代わる円盤摩擦によって、
待ち望まれていた開演がとうとう告げられた。
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