第5章 『壊滅したんだ』

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ろくに勉強もしないで荒れて高校中退してやくざの組長の家の舎弟になったとか。だけどそこでお前はせっかくのその頭脳を活かして幹部になれ。とか言われて大学に通わされたとか? 山科は何の疑問も感じてないみたいに平然とこっちの予想を超えてくる返答を寄越す。 「いや、あいつの家族は抗争に巻き込まれて犠牲になって、それでうちに引き取られたの。それから大学受けて、通いながらわたしの世話をしてたんだよ。先生にさせるつもりはなかっただろうからどうしてかわからないけどね。…あ、教職取ったのはもしかして、将来わたしに勉強を教えさせることを想定してたのかな?うちの親が。そしたら家庭教師とか別に雇わなくて済んで安上がりだもんね」 変な納得の仕方して一人合点で頷く山科。俺ははじめて聞く話に混乱しつつ懸命に今から得た情報を順を追って整理に努める。 「…抗争で亡くなってるんだ。識のほんとの家族。え、それって。識と山科がそこを出てきたきっかけになった大規模抗争とはまた別?」 結局うっかり危険な話題に踏み込んでしまう迂闊な俺。だけど俺や識が懸念したようなパニック状態になることもなく、山科は当たり前のような顔つきでごく平静に受け応えた。 「もちろん別、それよりずっと前。識がうちに来たのは確かわたしが9歳の頃だったかな…。家がなくなったのはそのあと、11のときだから。わたしは小さかったからよくわからないけどちょくちょく小規模な小競り合いで普段からぽつぽつ人死には出てたみたい。識の家族は別にどっちの陣営の人ってこともなくて。巻き添えで犠牲になった一般の人みたいね。それで孤児になって、うちの親が引きとったらしい」 ほんとに何て土地なんだ。まかり間違ってもそんなところに生まれたくなんかない、断じて。 「…じゃあ、賢そうな少年だからお嬢さんのお世話係をさせて。学業続けさせて大学に入れて勉強を見させようと山科のご両親は考えたってことか。結果識…、さんは天涯孤独になったあと大学に行けてまだ救われたってことかな」 言いながらそんなわけないだろ。通りすがりの一般人が巻き添え食らって亡くなるような抗争があるのはそこの二大勢力が対立してるせいだし。大学行かせてもらえたって家族が無意味に失われたことの引き換えにはならないよなと頭では考えたけど、そんなこと山科の前では言えない。お前の両親のせいで識の家族が犠牲になった、って言ってるようなもんだし。 慌ててごまかし気味に適当に思いついたことを口にして、場当たり的なフォローを付け足す。 「だけど、識がよほど優秀だから重用したくなったってことだろうけど。それにしてもお嬢さんの教育に手厚い親御さんだったからこそだよね。出来のいい少年を引きとったからってなかなか一から大学受けさせて教養を身につけさせようとはならないもんな。娘さんの勉強の面倒を見させるためにそこまでするなんて、ほんとに山科はご両親に大切にされてたんだね。末っ子だからやっぱり特別可愛かったんだろうな」 彼女の気分を引き立てたい気持ちが強すぎて空回りして、つい余計なことまで喋り過ぎた。それでも過去のよかったこと、幸せだったことに山科の意識を向けようとした努力の現れではある。不器用に過ぎてかえって逆効果に終わってもおかしくなかったが。 一方で彼女は眉を曇らせることもなく、何でもないことのようにけろっと俺のぎこちないフォローを受け流した。 「いや、それはないと思うよ。末っ子だから可愛いとかはうちに限ってない。わたしは母親違いで外から引き取られた子だったから、母からしたら完全によその子だし。父もわたしに関わろうとは全然しなかったから…。物心ついたときには誰にも構われてなくてずっと一人きりだったよ。わたしは放置子なの、家の中で放し飼いにされてた」 そんなこと。 俺は呆然と夏の光の中で明るく輝く山科の顔を見返す。…そんな、酷い話。さばさばと何でもないことみたいに話すなよ…。 「…ほんとの。お母さんは?」 「知らない。一度も会ったこともないし、誰なのかもわたしは…。そもそも生きてたのかなぁ?あんな環境だからね。だから、身の回りの世話とかも手の空いたお手伝いさんか舎弟の人が適当にしてたみたい。識が来るまで決まったお世話係もいなかった。あいつが来てからすっかり変わったの。わたしは一人じゃなくなった。それからかな。記憶とかが今でもしっかり残ってるのは」 そうだろうな。 きちんと関わってくれる責任ある大人(どうだろう。当時未成年だったんだろうけど、識も。それでも9歳からしたら完全に大人に思えただろう)が現れて、やっと山科の自我も成長を始めたってことか。それにしても、そんな生育歴でよくここまでしっかりした情緒が育ったもんだ。 山科にとってはつらかったり寂しかった記憶よりも識が目の前に現れて自分に寄り添ってくれたことの方が重要なんだろう。そのことが支えになって心を壊されなくて済んだのが明らかな様子で満ち足りた笑みを浮かべた。
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