第5章 『壊滅したんだ』

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第5章 『壊滅したんだ』

「…ごめんね、昨日。急にあんな話聞かされて、びっくりしたでしょ?須田」 翌日の朝。あのあと根掘り葉掘り深く突っ込むこともできず、かと言って即気持ちを落ち着かせてそれまで通りに勉強に戻ってもちゃんと内容が頭に入るはずもなく。 何事もなかったみたいにそれまで通り平然と団欒に参加して、表面上平静を保てるほど大人でもない。結局俺は自分を取り繕うことを諦めてへもへもと何事か呟きつつ、不審な態度丸出しで早々に山科家を後にした。 だから、退出したその時点では識と山科は血の繋がった実の兄妹じゃない。って事実だけしかわかってない。でもそれだけでよわよわな俺を心底動揺させるには充分だった。 いかにも仲良さげで両親のいない境遇ながら、二人でお互いを支え合って睦まじく暮らしてる風だったのに。ほんとはもともとただの他人同士だったってこと? …そういえば。ようやくそこで俺は、山科をバイクで迎えに来た識を初めて目の当たりにしたあの日の記憶を久々に脳裏に蘇らせるに至った。 タンデムで走り去る二人を遠目にぱっと見て取っただけだったけど。必ずしも親族とは限らない、普通に彼氏が迎えに来てたんじゃないか。と何故か川和に向かってやけに確信ありげに言い張った自分。だって、あのときはそういう印象を受けたんだ。 顔立ちはヘルメットのせいでもちろん見えなかったけど。骨格とか全体の雰囲気とか。なんて言うんだろう、血の繋がりがある者同士の共通する感じがなかった。親和性というか。同じ遺伝子を受け継いだ身体から滲み出る身内感。 思えばあのときの根拠のない直感は、意外にもしっかりと真実を見抜いてたのか…。 それにしても。これってかなり重要な二人の間だけの秘密の話だよね?あんな何でもない調子でその場のノリみたいに流れでうっかり俺なんかに打ち明けちゃって、大丈夫だったのかな。 なかなか眠りにつけなくてベッドのなかで悶々と寝返りを繰り返す。 識はまるで大したことじゃない、と言わんばかりにあっさり教えてくれたけど。…明日の朝、山科の方は実は納得してなくて。なんで識は関係ない子にあんな内々の大事な話ばらしちゃったの!わたしに前もって相談もしないで、とかすっかりむくれててもおかしくない。 そう危惧しながらエントランスに降りていったけど。相変わらずの清楚な制服姿でぱっと振り向く山科のいつも通りの曇りのない笑顔をそこに見出して、俺は心の底から安堵した。…なんか、大丈夫そう。 その上意外にも向こうから真っ先に謝られるとは、予想外の展開だ。俺は出遅れてしまい慌てて自分も頭を下げる。 「いや、こっちこそ。なんか二人の間の超個人的なことにうっかり立ち入っちゃったみたいで、悪かったかなと。びっくりしてろくに挨拶もしないで。そのまま帰って来ちゃったし…」 「須田は全然悪くないよ。勝手に目の前で識がそんな話始めたんだから。耳に入れないこともできないし、どうしようもないでしょ。あんな内々の話、お客さんが帰ったあとにすればいいじゃん。いきなり過ぎて須田絶対びっくりしたよって識に文句言ったら。あいつは別にお客じゃないからって」 がーん。いや、まあそれは。そうなんだけど。 毎日家に押しかけてただで勉強見てもらってるだけの存在だもんな。いくら山科の大学四年間のお目付役候補とはいえ。普通に考えて客とは言えないのは事実だ。 「あ、そういう意味じゃないよ。ぞんざいに扱ってもいい相手ってことじゃなくて」 俺が軽くしょげたのを見てとって慌て、すかさずフォローを差し挟む山科。ぱたぱた、と手を振ってみせてから俺にとっては思いがけない台詞を口にした。 「識に言わせると。あいつは、…須田はよその人、部外者じゃないんだって。内々の人間ととっていいから。そのうちこういう事情も遅かれ早かれ知ることになるだろうし、それが今だったってだけの話だ。って淡々と言われてさ」 「え、何でだろ」 これにはこっちの方がわけがわからずぽかんとなる。 急に身内扱いされて、そりゃ嬉しくないわけじゃないけど。こっちの方から二人は本当はどういう関係なんですか。俺たち別に知らない仲でもないんだから水臭いじゃないですか。何かあるならちゃんと教えてくださいとか詰め寄った覚えもないし。 山科にとって俺は家族も同然だよねってでかい態度でふんぞり返ったりもしていない。あの家のリビングで勉強させてもらうときもやっぱりよその家に上がり込んで長い時間居座って場所を占有してるの気が引けるなぁ、と肩身が狭くなる思いでいる。山科がお茶を淹れてくれるときはなるべくキッチンに立って一緒に手伝うようにしてるし(そしてお前はそんなことしてる余裕ないだろ。いい御身分だな、と識に嫌味を言われたりもする)。 そこまで考えて改めて口を噤む。お茶の時間のたびに席を立ってそこの家族と一緒にキッチンに入るのって。…むしろ客というより身内ムーブなのか、確かに。 でもそれが理由で識が俺を家族の内側の人間、って判断したわけじゃないよな?わざわざ戸籍とかを見なきゃ絶対にわからない、ごくプライベートなことだよ。
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