第一話 東京駅に車で迎えにいけますか?

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「色々と説明をしなくてはいけないが、先に腹ごしらえだ。ヒロ、樫乃屋(かしのや)に回してくれ」 「やり! 久しぶりですね、焼き肉!」  なんだかわからないけれど、どうやら焼肉屋さんに行く事になったらしい。絶海さんは電話をかけながらフとこちらを見た。 「彼は香坂 広文(こうさか ひろぶみ)。彼は私が五言時組若頭筆頭(ごごんじぐみわかがしらひっとう)だった頃から私のために働いてくれている。だから彼は私のことを若と呼ぶ。……ああ、もしもし、今から三人入れないだろうか。……、ありがとう。五言時の名前で予約させてもらうよ」  絶海さんは電話を切ると、にんまりと笑った。  ゾッと寒気がするぐらい冷たい瞳だ。  まるで値踏みするかのように彼は私の頭の先から体をじっとりと見ている。 『蛇に(にら)まれた蛙ってこういう気持ちかしら……』  私がゴクリと生唾を飲み込むと、運転席から「アッハッハッ」と、冷たい空気を切り裂く、高く明るい笑い声がとんできた。ヒロさんは涙を流すほどに笑っている。 「若、やりすぎっすよ! 朱莉ちゃん、本気でビビってます!」  ヒイヒイ笑うヒロさんを『なにがそんなにおかしいのかしら』と見ていると、絶海さんが手を伸ばしてきて私の頭をわしゃわしゃと撫で始めた。それは気安い手つきだった。言うなれば、家族の愛情を感じる手付きだ。 「冗談だよ、朱莉」 「……じゃあ絶海さんはヤクザじゃない?」 「ああ。組はとうに解散した……今はすっかり堅気(かたぎ)だよ」  絶海さんは私の頭をワシャワシャと撫でている。 「……それも冗談よね?」 「ン? これは事実だ。私は組長だったんだよ」 「……組長……」  私がボストンバックを抱え直して「えぇ……」と言うと、絶海さんはクスクス笑い、ヒロさんはげらげらと笑った。
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