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「さてと、どこから説明したらいいものか……」
連れていかれた焼き肉屋さんは入り口の時点で高級店とわかるお店だったし、出された肉は見るからに美味しそうだった。
だけど元とはいえ、目の前にヤクザが二人もいる状態じゃなにも楽しめない。私は取り分けられた肉を箸でつつきながら「はあ」とテキトーな相槌を打つ。
「まず、きみのお母さんは私の弟の嫁だったんだ。極妻というやつだな。とはいえ弟はクズだから別れることになった。そのときに、マア、あれやこれやあってな……それできみのお母さんは佐渡の実家に逃げたんだ。桜川が警官一族であることは知ってるね? 元は佐土奉行だ。中でも桜川は荒くれ者を取り締まる武闘派というか、マァ、品位がないというか……『桜川組』とあだ名されるほどだろう? そんな桜川だから私の弟から逃げるためにはちょうどよかったわけだ。しかしきみのお母さんは一回ヤクザに嫁いだわけだから桜川としても扱いが難しかったんだろう。だから三年近く……おっと、フクロウみたいな顔してるな。ついてきてるか?」
「……『桜川組』ってなあに?」
「おや。聞いたことないかな?」
そういえば法事のときに集まる人たちはやけにスーツ似合っていたなと思いつつ「……そんな……」と私が言うと「うそー、そんなことも知らないで桜川で生きていけんの?」とヒロさんが口を挟んできた。そんな言われ方されても知らないものは知らないのだ。
「誰も教えてくれなかったもん……」
私が口を尖らせると、絶海さんはクスクスと笑った。
「拗ねるな、朱莉。大人は子どもに隠し事をするものだ」
「じゃあ絶海さんは本当に、……私の『おじさん』なの?」
「そうなんだが……その言われ方いやだな。老けた気持ちになる……」
「……私の、『お父さん』じゃないの?」
ドキドキする胸を押さえてそう聞くと、絶海さんとヒロさんは目を丸くしていた。それは驚いている人の顔で、『バレた』という顔ではなかった。
「……違うの……?」
「……そんなこと考えていたのか……」
「だって……」
「マァ、今となってはあながち間違いでもないんだが……」
絶海さんは襟を直しながらため息を吐く。彼はそれからヒロさんに「昨日のやつ」と言った。「はい」とヒロさんが机の一部を片してから、いくつかの書類を机に置いた。
それは私の願書のコピーから始まり、受験票のコピー、合格通知のコピー、戸籍のコピー、今日私が乗ってきたジェットと新幹線の予約メールのコピー、最後にあったのは、母と絶海さんの婚姻届のコピーだった。
「これらの書類が昨日きみのお母さんから届いたものだ。他には一切ない。説明する手紙などは一切ない」
絶海さんもヒロさんも真顔だったし、私もつられて真顔になった。
「マア、それらを読めば言いたいことはわかるにはわかる。……きみのお母さんはギリギリまできみの心変わりを期待してたんだろうな。あとで私の戸籍を確認しておくが……、きみのお母さんは本当に『勝手に』私との婚姻届出したんだな。さすがに冗談かと思ったが……。父か母との同居が条件なら仕方ないな」
「えっ……えっ!? つまりどういうこと!?」
「つまり現在きみのお母さんは私の妻で、きみは私の娘ということだ」
絶海さんはニコニコと笑う。その隣でヒロさんはケラケラと笑う。私の背中はダラダラと冷や汗を流す。
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