黒と白

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黒と白

夜は黒か。 闇は黒か。 灯りの着いていない部屋に向かう扉。何も入っていないはずの箱。ふすまの戸。ロッカーの金属の扉。タンス。 どれも、明るいところから暗いところへ向かう境である。 ぱちり。目蓋を閉じる。 世界には一瞬にして夜が下りてくる。 ぱちり、目蓋を開く。 世界には一瞬にして昼が呼び起こされる。 いつの日も昼と夜は交互にやって来る。陽光を夜が被い、夜を陽光が照らし出す。光と闇はいつだって互いに場所を入れ替えてきた。 昼は白か。 光は白か。 世界は決して白に被われているわけではない。もちろん、黒に被われているわけでもない。 明るいところから暗いところへ向かう境は、同時に暗いところから明るいところへ向かう境でもある。 誰しもが明るい舞台に立つ瞬間があるだろう。そして、同じように誰しもが暗い舞台に立ち尽くす時間があるだろう。 光の加減も闇の加減も差はあるはずだ。しかし誰もが昼を過ごし、夜を過ごすのだ。それが生きる時間というものだ。 あなたは白か。 あなたは黒か。 どちらでもいいではないか。 どちらでもないのだから、何と言ってもいいではないか。 人は白であり、黒である。正義を信じ、悪義に染まる。どちらでもあるから人は考え、自らの答えを導きだそうと足掻くのだ。自ら出した答えを貫こうと必死になるのだ。 私は誰か。 私は何か。 そんなこと、一生かかっても理解できないだろう。あなたになんて解るはずもないのだ。 何故なら、それを知るために私は今生きているのだから。 闇は黒か。 光は白か。 そう言ってしまえば想像しやすいだろう。 実際は黒に見えている、白に輝いているというイメージを持ちやすい。それだけの話なのだが。 光は白なのか。 闇は黒なのか。 それを確かめる術はきっと何処にもないだろう。私にはこう見えている。そう表すしか答えを示す形はない。 白なのか。 黒なのか。 白なのだろうか。 黒なのだろうか。 それをもっとよく見ようと近づくことは、私たちにとって良いことなのか。もっと近くで見たいと、もっと中の奥の方まで見たいと望みことは、間違っているのだろうか。 白か。 黒か。 私たちは好奇心故にそこをじっと見つめる。心のどこかに恐れを抱きながらも、私たちはそこをもう少しだけ、あともう少しだけと自分から近づいていこうとする。 白だ。 黒だ。 そこには誰もいないのかもしれない。何もいないのかもしれない。 そこに何があるのか。白の中に、黒の中に何が潜んでいるのか。 そこはあまりに白過ぎて。もしくはそこがあまりに黒すぎて、私たちには何も見えない。 光は白か。 闇は黒か。 そこに神や天使がいたとしても。そこに魔王や悪魔がいたとしても。光という白に潜む彼らや、闇という黒に潜む彼らを見つけることは容易くない。 だから、私たちのように中途半端なものは光や闇に近づき過ぎてはならないのである。私たちからはよく見えなくても、彼らからは私たちがよく見えている。 白の中に一滴だけ落とされた黒の粒はよく目立つ。その黒がどんなに薄い黒であっても、白の世界の中では異色の黒としてよく目立つ。黒の中の白であってもそうだ。 だから、私たちは光や闇をもう少しだけと言って踏み込んではならない。私たちからはよく見えなくても、彼らからは私たちがよく見えているのだから。 黒だとしても、白だとしても、それはどちらでも構わないのだ。 塗り潰されたその奥に何かがいる。私たちからは見えない何かがいる。 彼らからはいくら見えても、私たちからは見えないのだ。 私たちは彼らから無防備に見えているだろうか。 だから私たちには音だけが聞こえる。 彼らの声だけが、私たちの耳にはよく届く。 届いてしまう。つい、拾ってしまうのである。 「××××××」 「×××××××」 と。
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