丑緒邸

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「これを、見つけました。」 銀太はライダースの下から、1冊の古いノートを出した。 あのノートだ。 「それは——!?」 その言い方は、ノートがなんなのか分からないという言い方では無かった。 明らかに岩尾は、ノートの存在を知っている。 「金庫を涙牙が投げた時に、ミイラと一緒に出て来た物です。正面からでは見えなかった。ミイラの裏にでもあったんでしょう」 「……。」 岩尾はなぜかバツの悪そうな顔をした。 銀太は構わず話を続けた。 「多分、これは仁原丑緒が生前書いた物でしょう。日記というより、甥に家督を譲るにあたり、自分の半生を書いた手記のような物です。多分、自分の死期を何となく悟っていたのでしょう? この中に、甥、仁原巌と出て来ます。てっきり、苗字の岩尾だと俺達は勘違いしたけど、本当は名前が巌だったんですね?」 「……何言ってるんですか? 僕が幽霊に見えますか? 触ってください。僕は触れますよ? 触れる幽霊がいますか?」 岩尾はそう笑って言ったが、その口元は小刻みに震えていた。 「一眼レフカメラが多く使われるようになったのは、歴史的名機ニコンFが報道機関で使われるようになり、その性能が世界に知れ渡ってからです。ニコンFが出たのが1959年。ニコンFを知らない人は居ても、一眼レフカメラというジャンルの存在を知らない大人は現代には居ませんよ? 日常のどこかしらで目にして、触れている筈です。知らないのは1959年より前に亡くなった方——。終戦は1945年8月14日です。丑緒が亡くなり、甥のが消えたと言われているのが翌年です。あなたがスマホを持ってなかった理由もこれで合点が行く。あなたは使い方が分からないどころか、存在も知らなかった。あなたはどうやったのか分からないが、現代に復活した巌さんです。肉体は持ってても、もう死んでいる。だからニコマートが反応した。そうなると、多分あなたの体を作っているのは、そこの盛られた壁土の一部でしょう。盛られている量が少ない。あなたの体の分です。遺体の埋まっていた土は、ある種霊的な力を宿す事がある。それが殺された物ならなさらだ。埋め立てに使った土が墓地を潰した時に出た土で、お清めもせずに使った為に霊障が起きたなんて話も珍しくない。水には霊は溶けるが、土にも霊は宿りやすい。盛り土の側から伸びる足跡は、あなたの物でしょう。体が不完全なまま歩いたから、ああなった。そして、あなたは屋敷の中のクルーの荷物から服を拝借した。途中の杉の木の上に、似たような青いネルシャツが有りました。木の上でサイズまでは分からなかったけど、そういう服がスタッフ内で流行っているのではなく、あの人の荷物からそのネルシャツやTシャツ、ズボンを拝借したんでしょう。多分、あなたが今着ている服は、あの杉になっている人の服です。ブカブカのその服装に、蛍光ピンクの登山靴。色が全く合わないけど、靴がぴったりだからそこまで気にならかった。そういうセンスなのだと思った。山を登るのに、服がブカブカはなくは無いかもしれないけど、いくら低い山と言ってもブカブカの靴は無いですからね。合わない靴でなんて、歩けた物じゃ無い。そんな物履いていれば、直ぐにおかしいと気付くでしょう。例えさらの新品だって、買う時に試着しますからね。山の登りの為なら尚更です。登山靴は素人が見て分かる男女の差は色と大きさ位です。気が付かなかったは、あなたの靴は女性物だったんだ。あなたは男性にしては身長が小さい、だから足も自ずと小さくなる。合う靴は女物しかなかった。だから、おかしな格好になった。クルーの荷物の中に1つ女物らしい荷物があった。多分、女性タレントでも番組のアシスタントとして連れて来てたんでしょう? そこの足跡にあなたが裸足になって足を合わせれば、ぴったりだと思いますよ?」 「……。」 岩尾は俯いたまま、じっと自分の蛍光ピンクの登山靴を睨んでいた。 銀太は続ける。 「仁原巌が一体どこに消えたか?」 「……!?」 岩尾はその言葉に、銀太の顔を見た。 「——金庫の中のミイラは、あなたですよね? あれが、仁原巌です」 「……。」 岩尾は神妙な顔をして、また俯いた。 岩尾は何も応えなかったが、銀太の指摘が大体当たっているのが、顔色を見れば分かった。 さらに銀太は続ける。 「人には言えない異端者である俺にまで、あなたが頑なに素性を隠す理由。それは土壁の中の遺骨でしょう? 違いますか?」 「……。」 「まあ、その事については今は良い。俺はさっき逃げる時に嫁の声を聞いた。嫁が探しているのは、俺たちじゃ無く仁原丑緒だ。アイツと接近した時に、遠くからでは聞こえなかったアイツの声を聞いた。アイツは、丑緒の名を呼んでいた。ノートに丑緒と嫁の日々が書かれていた。此処でアイツらは、ずっと2人きりで過ごして来た。その中で、色んな遊びもした。その中で当然かくれんぼもあった。多分、急死して自分の目の前から消えた丑緒が、かくれんぼをしているのだと思ったんだろう。見つかると木に変えられるのではく、丑緒で無かった怒りで木に変えていたんだ。丑緒に会わせてやれば、嫁はかくれんぼを止める。そして、俺はもう丑緒の居場所は分かっている」 「えっ!?」 「丑緒を解放する!」 「ダメです! そんな事したら、もうアイツを止められなくなる!!」 今まで俯いていた岩尾が、そう悲痛な声で言った時 「——ッ!?」 急に銀太は顔を上げて、聞き耳をたてる。 遠くから聞こえる……。 「……もーいーかい?」 嫁の声が、もうすぐそこまで迫って来ている。
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