丑緒邸

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岩尾も銀太の様子を見て、土蔵の外の方を見た。 やはり岩尾には、嫁の声は聞こえていないようだ。 銀太は土蔵の入り口の方を見たままで言う。 「丑緒の居場所は、金庫の中だ!」 「金庫の中には、ミイラと嫁が入っていただけですよ! 他には、あなたの見つけたノートだけです!?」 「いや、丑緒はまだ中に居る!」 土蔵の外から 「もーいいかい?」 と呼び掛ける嫁の声が、さらに大きくなった。 「ああ、もう良いぜ! 終わらせてやるよ?」 銀太はそう口走ると、土蔵の外に走った。 岩尾も直ぐに後を追った。 ——外に出ると、もう嫁は土蔵の入り口前まで来ていた。 「みーつけた……。」 嫁は深く被った綿帽子の中から、銀太にそう呟くが——。 「……丑緒様じゃない。」 綿帽子を取る事も無く、そう落胆の声を漏らした。 銀太の姿が見えているのか? ただその気配で丑緒出ない事を感じられるのか? 良く分からないが綿帽子を取らなくとも、銀太が丑緒出ない事は分かっているようだ。 「ああそうだ。俺は違う。丑緒じゃない。——もう良いぜ? 終わりにしよう」 「……違う。」 「ああ、そうだ。違うよ? 今、愛しい丑緒に会わせてやるよ。だから、そこを退いてくれ?」 銀太は嫁の向こうに転がった金庫に行く為に言った。 「違うっ!」 顔を少し上げて、怒りを込めて震えた声でそう言った嫁の口元が、綿帽子の下から見えた。 直ぐに嫁は顔を伏せたから、見えたのは一瞬だったが、確かに見た。 声が出ている時に、口は動いていなかった。 声は直接自分の心に届いているのか? スマホのスピーカーを通しても、効力を発揮する呪いか。面白いな。 呪いが声として、呪いの受け手に認識されている訳か? 銀太は冷静に嫁の呪いを分析して、未知の怪異との出会いを喜んでいた。 「分かったって!? 金庫まで行かせてくれ?」 そう言った銀太の声は、まだ未知の怪異との、遭遇の喜びの余韻を残していた。 が、  「——ん?」 何かがおかしい? 「波久礼さん! 指っ!! ——指がっ!?」 「なんじゃこりゃあッ!」 そう叫んだ銀太の左手の薬指の先から、芽が伸びて来ていた。 嫁の呪いが発動している。 「だから、今会わせてやって言ってるだろ! 人の話を聞けよっ!!」 「ダメです! そいつに何を言っても聞きませんよ!! 怒りで我を忘れてるんだ!!」 そう言うと、岩尾は手に持ったままだった古い軍刀を鞘のまま振りかざして、嫁に突っ込んでいく。 ブンッ! と、岩尾が軍刀を嫁に向かい、右から左へ袈裟斬りに振り下ろすと、嫁は素早く後ろにステップしてそれを避けた。 重そうな白無垢の花嫁衣装を着ているのに、その動きは、まるで上からワイヤーで引かれているように軽やかであった。 「クソッ! やるしかないか!! ——涙牙っ!!」 先に突っ込んで行ってしまった岩尾を見ながら、銀太は半ば落胆する様にやけくそで言った。  「——これが、涙牙ッ!?」 岩尾は姿を現せた涙牙を見て、目を丸くして言った。 涙牙も姿を現し、とうとう嫁退治に参戦する。
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