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おぼろ月夜に愛を誓う
背中に感じる令賢の熱くてかたい胸板。雪鈴の上半身をつつみ込む頑強な両腕と長い指先。
雪鈴は懸命に体を前に動かそうとするが、令賢はさらに強い力で雪鈴を背中から抱きしめる。
「頼むから行かないでくれ、雪鈴」
低音で魅惑的な声が、雪鈴の耳に響く。吹き込まれる吐息で、心も体も溶けていきそうだ。
(熱くて力強い御体、うっとりする美声……。ううっ、ここで背後から抱きしめるのは反則ですよぅ、令賢様。身も心も、貴方様に任せてしまいたくなるじゃないですか。でも、でも。それでは駄目なんです……)
小さく息を吸うと、雪鈴はゆっくり口を開く。
「お戯れはお止めください、陛下。わたしはもう青国にとって不要な存在のはずです」
肌に感じる令賢の温もりに腰から崩れ落ちそうになるのを堪えながら、雪鈴は令賢をきっぱりと拒絶する。
「不要ではない。おれがあなたを必要としている」
「わたしでは貴方様のお力になれません」
「後宮にいてくれるだけでいい」
「わたしに飾られるだけの花になれとおっしゃいますか? 残酷な御方ですわね」
雪鈴を抱く令賢の腕が、わずかに揺れた。令賢を傷つけたのだとわかる。
(ごめんなさい、令賢様。でもわたしは貴方様の隣に立てません。令賢様はそれほど立派な方なのです)
涙で景色がぼやけるのを感じながら、雪鈴を月を見上げる。清らかな月に励まされながら、雪鈴は令賢に語りかける。
「後宮には花となれる美しい女たちが大勢います。わたしでなくても良いはずです」
「あなたでなくては……駄目なのだ」
「わたしでは無理です。貴方様が理想とされる世界についていけません」
「できるはずだ。今だって、おれがどんな世界を望んでいるのか理解しているではないか」
「あてずっぽうですわ」
「ちがう。あなたはおれを理解してくれている。だからこそ共にいてほしいのだ」
「わたしは、陛下にふさわしくありません。親の仇である緋皇后にさえ、ひとりでは戦えませんでした」
「おれがいる。おれがあなたを支え、守っていく」
「守られなくては生きていけない女なら、陛下のお力になれません」
「…………」
ついに令賢は何も言わなくなった。それでも雪鈴の体を離そうとしない。
「そろそろ離してくださいませ。わたしはもう行かなくては」
手をあげ、令賢の指先にふれた。あと少しだと自らに言い聞かせ、諭すように令賢に話しかける。
「陛下は後世にも語り継がれる、尊き賢帝となられるでしょう。わたしがいなくとも、令賢様は何ひとつ問題ありません。さぁ、この腕の拘束をといてくださいませ」
令賢から返事はない。まさかここで、これまでのように石化してしまったのだろうか?
令賢の様子を探ろうと、雪鈴が後ろを振り向こうとした、次の瞬間。雪鈴の体はくるりと反転させられ、気づけば令賢の逞しい胸元に自分の顔がうずくまっていた。
(え……?)
すぐには状況が理解できなかった。
どくんどくんと早鐘を打つ、令賢の心臓の音が耳に響く。火のように熱い令賢の体を感じ、自分の置かれている状況を雪鈴は少しずつ理解し始める。
(わ、わたし……令賢様に、前から抱きしめられてる……? う、うそぉぉぉ~!!!)
令賢に背中から抱きしめられたことはあったが、前から抱きしめられたことは一度もなかった。
雪鈴の華奢な体は、筋骨隆々な令賢の体にすっぽりと収まっている。片腕を動かすことさえできない。
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