ねえ、もう少し

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うちの朝は、いつも父の小言から始まる。 「まーだお(めえ)は、嫁の貰い手がいねえのか。早くしねえと、一人でおっ()んじまうことになるぞ」 「うるさいなあ。仕方ないでしょ。お父さんの面倒だってみなきゃいけないんだし」 「まーた人のせいにして。そうだから孝乃(たかの)は嫁の貰い手が()ねーんだよ」 「しょうがないでしょ? こんな歳になっちゃったんだから」 実家暮らし、四十半ばの私は結婚もせずに今だ父と二人暮らし。そもそも、自ら好き好んでこんな歳になった訳じゃない。 十年くらい前に脳梗塞で父は倒れた。しばらく入院していたが、病院の先生の治療や看護師さんのケアのおかげで回復に至り、無事に退院することができた。その後通院に切り替わると、父は自ら病院には行こうとはしなかった。 そうして過ごしていくうちに、父の体調は少しずつ悪化していったのだろう。それが徐々に積み重なり、今は一人では起き上がれない程になってしまった。だから、私の介護がないと日常生活が成り立たない。 病院嫌いの父のため、家での訪問看護をお願いしているのだが、それすらまともに診てもらおうとしない。 「そんなに言うんだったら、お父さん入院したら? そしたら私だって自分磨きする時間が増えて、いい人見つかるかもしんないじゃんか」 「なーに言ってんだよ。(おら)ぁ、病院なんか行かねえかんな。あー、やだやだ」 ……はぁ。 やだやだ、はこっちのセリフなんですけど。 「ああ、そうだ。そういえば板野さんとかいう人はどうした? お前と……その……ほら、あの……な。そういう仲の……ほら、あれなんじゃなかったんだっけかい?」 そういう話になると、すぐ口籠(くちご)もるよね。照れくさいんだかなんだか知らないけど。 板野…… へえ。まだ覚えてたんだ、その名前。
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