序章

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序章

この仕事は体力と忍耐力、即戦力が試される。 「すみません。今ドラマの撮影中で通行禁止なんです」 イチョウ並木に繋がる公園の出入り口に立ち、とあるカップルに頭を下げる。彼氏の腕に手を絡めている金髪の彼女は「えー。何それぇ」と不快感を露わにした。   「今から俺ら映画観に行く予定なんで、この道通らないと間に合わないんすけど」   「すみません。申し訳ないですが、あちらの歩道橋を渡っていただいて、」   「それじゃ遠回りになるわー。その撮影ってあとどんくらいで終わんの?」   「あー……と、大体、」   つい数十分前から始まったばかり。10分や20分で終わるわけがない。その事実をこのカップルに伝えれば、ますます癇癪を起こす。 唸りながら適切な言葉を選んでいれば「すいませーん」と後ろから耳馴染みの声が近づいた。   「今、来月放送予定のスペシャルドラマの撮影中でして。あ、ご存知ですか?先日情報解禁したばかりの、男性アイドルグループの篠原星(しのはらほし)君が主演を務めるドラマなんですが」   その言葉が響いた途端、金髪の女性は「え!マジで?!」と口に手を当ててピョンピョンと跳ねる。   「それ知ってます!ここで撮影してたんですか?!あたし星君の大ファンで来月ライブ行く予定なんです!」   「それは楽しみですね~。篠原君、今すごい大事なシーンの撮影中で、大変申し訳ないんですが歩行者が入れない状態なんですよね。急いでるとは思うんですが、篠原君のドラマ成功のためにひとつ協力してほしいんです」 相手の事情を受け止めつつ、丁寧にこちら側のお願いを要求する。目線を相手と同じにし、へりくだり、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
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