止まった時の中であの日を思う。

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「そこを、どくんだ」 男が言った。黒いスーツの上に黒い外套に身を包んだ様は、全身が真っ黒で、どこか悪魔のようにも見える。 その声色は、低く、威嚇するかのよう。されど、どこか悲しげで、悲壮感漂う様は、何か困ってるかのよう。 そして、男と対峙しているのは、白いワンピースに身を包んだ女性。ヒラヒラと波打つ袖口やスカートは、輝く純白の羽を思い浮かばせ、こちらは天使のようにも見える。 そんな女は、ゆっくり頭を降ると、男を睨みつけた。 「絶対どかない!あなたの好きにはさせない!」 こちらも悲壮感漂う声。しかし、決意を感じる力強さは、決してか弱くなどない。むしろ、男を圧倒している。 「これでもか?」 それでも、男にも覚悟があるのか、僅かに迷う素振りを見せながらも、腰のホルスターから取り出したのは、黒く光る拳銃。それを、ゆっくりと女に向けて構えた。 ブレずに、しっかりと狙いを定めている様は、男の覚悟の程がうかがえる。 それを見た女の瞳は一瞬怯むも、次の瞬間には激しい怒りに染まった。 「今、あなたの事が完全に許せなくなった。あなたには、心が無いの!?この子が……」 激しい憎悪の籠もった声は、最後まで語られることはなかった。 女が話している途中で、何かが擦れるような、僅かに空気を震わす音がすると、直後に女は倒れたのだ。胸元から広がる深紅は、真っ白なワンピースを染め上げていく。 どこか、芸術作品にも感じられる、ある種の美しさだが、それは訪れる死への美学というものか。 「心が無ければ、こんなに苦悩する事なんてないのにな」 男はボソリと呟くと、女の、何も映さなくなった瞳を優しく、ゆっくり閉じてやり、女が最期の瞬間まで庇っていた存在を見る。 ーー小さな女の子。 もう、動くことのない女と、そして、男にもよく似た、男と女の最愛の存在。 タイムパトロールである男がいる限り、時間の流れは一時的に停止する。それゆえに、この時間の住人である女の子に、先程の惨劇は見えていないし、時間が動き出す前にその痕跡も消される。 そしてーー 男が去った瞬間、動き出すのだ。 すぐ横で、静止しているトラックが。
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