死の一瞬前の君へ。

7/7
63人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 ずっと眠っていた美幸が目をあけた。僕の手を握り返してくれた。  意識が混濁しているのだろう。僕を見て時任の名を呼んだ。  なんともやるせない。  十数年、時任を忘れてほしくて、僕を愛してほしくて、ただ尽くしてきた。  すべて、無意味だった。  こんな最後の瞬間に、僕を愛してくれなかった美幸への憎しみが沸き起こる。  僕は美幸の手を投げ出した。 「美幸、僕が愛しているのは君じゃない。桧原大樹だ」  時任の話し方をまねた。  美幸が「ああ」と、悲痛な声をもらした。  叶わない想いは、きっかけさえあれば強い憎しみへと変貌する。かつて、時任が僕に呪いをかけたように。  美幸の心拍を表していた波形が直線になった。リズムを刻んでいた電子音は、アラートに変わった。  <了>
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!