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ずっと眠っていた美幸が目をあけた。僕の手を握り返してくれた。
意識が混濁しているのだろう。僕を見て時任の名を呼んだ。
なんともやるせない。
十数年、時任を忘れてほしくて、僕を愛してほしくて、ただ尽くしてきた。
すべて、無意味だった。
こんな最後の瞬間に、僕を愛してくれなかった美幸への憎しみが沸き起こる。
僕は美幸の手を投げ出した。
「美幸、僕が愛しているのは君じゃない。桧原大樹だ」
時任の話し方をまねた。
美幸が「ああ」と、悲痛な声をもらした。
叶わない想いは、きっかけさえあれば強い憎しみへと変貌する。かつて、時任が僕に呪いをかけたように。
美幸の心拍を表していた波形が直線になった。リズムを刻んでいた電子音は、アラートに変わった。
<了>
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