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瑞希(みずき)ぃ、まだぁー?」  手伝うなら手伝う。邪魔するなら邪魔する。どっちか、はっきりしろ。そもそもなんでぼくがこんなことしなきゃならないんだ。これは君の仕事だろう。なんで隣のクラスであるぼくが他のクラスの日誌を書かなきゃならないんだ。なんで掃除しなきゃいけないんだ。ふざけるな。そう声を大にして言えたのなら、どんなにいいだろう。  当たり前のようにぼくに自分の仕事を押し付けた彼は、暇を持て余したように教卓に腰を下ろし、子供のように脚をぶらぶらさせては、冒頭の台詞を飽きもせずに5分おきに紡いでくる。正直言ってかなりうざい。うっかり殺意を抱いてしまうほどだ。  今の今まで無視して、本来なら彼がやるべき仕事を黙々とこなしていたぼくだったが、流石に我慢の限界というものがある。  日誌に走らせていたシャーペンを巻き込むように机に叩きつけ、彼を睨みつける。  分かりきっていたことだが、彼の表情や態度に悪びれた様子は微塵もなく、むしろぼくがやるのが当たり前だというようにこちらを眺めているのだから、一体全体どうしたものかと頭を悩ませる。この男は、いつだってぼくを不快にさせる天才なのだ。  目が合うと彼──夜越風真(よるごしふうま)は、きょとりとまばきしたあと、それに見合ったきょとんとした表情を浮かべた。なぜぼくが睨んでいるのかまるで分かっていないその様子はいつも通りだ。だからぼくは、今日も怒るべきか呆れるべきかを悩み、結局どちらも選ばず溜息と共に諦める。言うだけ無駄だということをぼくは知っていた。  ぐつぐつ、と喉の奥で停滞する言葉を無理矢理飲み込み、気を取り直すように日誌へと向き直る。言いたいことは山のようにあるが、しかし、彼にとってぼくの感情は無意味なもので、不必要なものだった。例えここでぼくがどんなに怒鳴り散らしても彼の心にはなにも響かないし、そもそも伝わらないのだろう。  だったら、さっさと日誌を書き終えてしまった方がいい。そう結論づけて、再びシャーペンを動かすと風真の動く気配を感じた。無視して、日誌を書く。 「瑞希ぃ?」無視。無視だ無視。  黙々と今日あった出来事(ぼくは隣のクラスなので当たり障りのない内容を記入することにした)を日誌に書き綴っていく。  ふいに風真が机の前で屈む。それから机の端を両手で掴んでガタガタ揺らしてきた。ちょ、っと、と非難の声が零れ落ちるのと同時に日誌とペンケースが振動に耐えきれずボタボタと床に落下する。睨みつける。もちろん、風真に反省の色はない。 「邪魔しないでくれる?」 「邪魔? 俺がいつ瑞希の邪魔をしたの?」  本当に心当たりがないといった様子の風真にぶちりと堪忍袋の緒が切れる。 「今もさっきもだよ! なんなの!? ぼくは君がやるはずの仕事を代わりにやってるんだよ!? それを邪魔するって本当どういうこと!?」 「邪魔してない。ただ早く終わらないかなぁって催促してただけ」 「それを邪魔してるっつって言ってんの! 早く終わらせたいのはぼくの方だよ!」 「もしかして瑞希怒ってんの?」  純粋な風真の問い掛けに一瞬返す言葉を失ったが「見たら分かるだろう!?」なんとか怒鳴り返すことに成功した。 「怒るよ! 怒るに決まってるじゃん! っていうか君のことやってんだから少しは申し訳なさそうな態度取るとか謝ってもいいんじゃないかな!?」  まあ、絶対そんなことしないんだろうけどね、と冷静な自分が冷めたように囁く。  そんなぼくの心の声に同意するように「なんで? 瑞希は俺のなんだから、俺の頼みを聞くのは当たり前だろう?」なんてことなさそうに風真はそう言った。  はぁーっと息が漏れ、顔が歪む。駄目だこいつ。何度目か分からない、諦め。 「この暴君野郎」  これ以上の言い合いは無駄だった。最初から分かっていたことなのに、どうしていつも相手をしてしまうんだぼくは。多少の自己嫌悪に陥りながらもそう吐き捨てる。  落ちた日誌とペンケースを拾い上げる。  姿勢を戻すと、机に突っ伏している風真の頭が視界に映った。
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