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⑤
キスしてしまった。男と。
初めて男とキスしてしまったぞ。しかも相手はα。
まさか自分がそんな雲の上の人種とそんな事になるとは。
いや、関わる事になるとは。
「大丈夫ですか。いきなりアルコールなんかぶち込むからですよ。」
「ぶち込む…?僕のアソコにぶち込んで下さいよぉ~アハハ。」
「……。」
酔っ払いだ。
あの後コース料理を運ぶ為に引き戸を開けた店員さんが来てくれた事から、梁瀬さんを向かいの席に戻す事に成功した俺は、きっちりコースを食べ切ったのだが、飲んでしまってた梁瀬さんは、料理はツマミ程度にしか口にしなかった。
美味そうにはしていたんだけど、まあ酒が入ると食べられなくなる人もいるからな…。
それから会計時に店員さんが梁瀬さんにボソボソ耳元で何か言ってたので、行きつけというのは本当らしい。
そしてその後、普通に店出たんだけど、え?マジなの?マジで無料だったの?
口説き始めたりなんかするから、半分口実だったのかと疑い出してたよ。
千鳥足で危なっかしい梁瀬さんに肩を貸しながら車道を見渡す。
梁瀬さんってタクシーか?…乗り場迄歩く方が早いかなあ。
「梁瀬さん、家どの辺ですか?」
「いえ?」
「お家、何処です?」
「しんじさんのいえにいきまふ。」
「えええ…」
困った…。放置する訳にもいかないしなあ。
一応俺は明日休みだけど、世間は平日だから梁瀬さんは仕事の可能性高いよな。
なら翌日の着替えとか考えても自宅に帰してあげる方が絶対良いんだけど…。
「梁瀬さん、ちょっと免許証とか…、」
「よーいちろー」
「え?」
「よーいちろーでふ。」
「…ああ、陽一郎さん。」
一瞬何の事だかわからなかったけど、名前か。名前で呼べと言う要求か。
「陽一郎さん、免許証とか…、」
「きょうはないれふ!」
「今日は無い?」
そんな事ある?免許証とか身分証持ち歩かない事、ある?
「しんじさんのいえにいきまふ!」
なんつー鉄の意志だよ。酔っ払いじゃないのかアンタ。
鞄をひしっと抱きしめて、財布なんかも見せてくんないのは身分証の住所をみせまいとしているんだろうか。
いやまさかな。
酔っ払いってそんな事迄考える理性とか残るもん?
そこ迄計算してるとは思えないから、やっぱ酔っ払い特有のワガママなんだろう、と結論付ける。
(…仕方ねえ…。あんな店連れてってもらってるしな。)
ウチのマンションはここから10分ちょい。
広くも無いし高い物件でもないからα様をご招待するにはどうかと思うけど、どうせ酔っ払いだ。
朝の7、8時間、寝かせとけば良いだろ…。
少し早目に起こしてあげる方が良いだろうな。
そんな事を思い巡らせながら梁瀬さんを支えて歩く。
何時もは10分程度の道程が、酔っ払いの男を支え…いや、半ば抱えてるような歩きなので25分かかった。
梁瀬さん、細身だけど身長は俺と変わらないし、重いしキツかったぞ…。
部屋の鍵を開けて、電気を点ける。
雑然としている…。何時も朝は着替え放りっぱなしで出るからな。
梁瀬さんをベッドに座らせて上着を脱がせてから寝かせる。
ホントはスラックスも脱いでハンガーに掛ける方が良いんだろうが、流石にそこ迄はできない。
もしこれが気心知れた友達でもできねーわ。
ネクタイを解いて抜き取り、上着と一緒に掛けておく。
梁瀬さんは呑気にすやすや寝息を立て出した。
いい気なもんだな。
それにしても本当に整った顔してんなあ。
ベッドの横に座り、その顔をまじまじ眺めてみる。
少し青白い肌は、きっと食事をとれてない事で貧血気味なんだろうな。それで体重が落ちてるから細身の印象なのかもしれない。元はもう少ししっかりした体格なのかも?何せα様だし。
清潔感のある感じに切り揃えてる髪は真っ黒で艶々だ。柔らかそう。
眉も綺麗に整ってて、濃すぎず薄過ぎず。
睫毛も長くて真っ黒。
今は閉じてる目は、切れ長の二重。瞳は真っ黒でキラキラしてたな。
鼻梁は高く美しい。唇は薄く形良い。
正直言って、過去付き合ったカノジョ達にも、同級生や職場の同僚達にも、こんなに綺麗な女性も男性もいなかった。
俺は生粋のヘテロだと思ってはいるけれど、今日この人に出会ってから既に何度もドキッとさせられてるし、この先この顔で迫られ続けたら絆されそうな危機感はある。
だって、そもそも人間て、自分に好意を寄せてくれる相手には大概甘くなっちゃうじゃん?
しかも、同性とはいえ、こんだけ綺麗な男だと悪い気はしないし。俺ってチョロいのかも。
何時迄もながめている訳にもいかないので、梁瀬さんに布団を掛けて立ち上がり、風呂場に向かう。
風呂は明日ゆっくり入る事にして、今日はとりまシャワーだな。
仕事が仕事だけに、帰ってそのまま寝る事は無い。
シャワーから出てタオルで髪を拭きながら梁瀬さんを見たが、すやすやよく寝ているようなので俺もカウチソファで寝る事にする。
スマホのアラームセットして、充電ぶっ刺して、と。
電気をリモコンで最小にして目を閉じる。
意識はゆっくり落ちていった。
ふと、何か生温いものが頬に触れたような気がした。
唇に長い事触れ、何だか気持ち良いような…。
そのまま首筋にも、それは這うように移動する。
なんだろう…?
疲れてて、意識が浮上しないし目も開けられない。
誰かが何か言ってるような気がするけど、よく聞こえなかった。
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