3人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
あのさ
大学も夏休みに入り、久しぶりに帰ってきた息子、弦。
せっかく実家に帰ってきたというのに、弦はなぜか落ち着かない様子だった。
いつも帰ってきたら、昔からあるソファーに寝転がるのに、礼儀正しく座っている。
テレビも見ず、スマホも触らず。まるで誰かの家にお邪魔しているように。
「弦、どうしたの?何ソワソワしてるのよ〜」
私は弦に向かって、笑い混じりにそう言った。
「あの…さ」
ふと、弦が口を開く。
「話があるんだけど、いいかな」
元の顔は強張っていた。
…いい話じゃなさそうだな。そう、私は感じた。
「わかった」
私はそう言って、弦とともにリビングに向かった。
小さい頃、弦と姉の楓と私と夫4人で座って食事をともにした机に向かい椅子に座った。あの頃のぬくもりは、少しずつ薄れていっていた。
楓は結婚と同時に引っ越し、遠い九州に住んでいる。
あまり連絡を取っておらず、私は夫と二人、静かに暮らしている。
「で、話って何?」
髪の毛を耳にかけながら、私は聞いた。
「…驚かないで聞いてほしいんだけど」
驚く?驚くことなの?
「あの…実は…」
弦は拳を強く握り、何か言おうとして詰まっている。
そして決心したのか、ふぅと一息をつき、顔を上げた。
「俺、彼氏ができたんだ」
思いもよらない言葉だった。予想以上で、頭の中にすら浮かばなかった言葉。
「…何知ってるの、弦」
私は驚きのあまり、一瞬頭が真っ白になった。
そんな、私の知らない間に弦が…何に影響されて…。
苦しそうな弦の表情。唇がかすかに震えている。
けど、今の私の気持ちには、『弦を思いやる気持ち』なんてなかった。
「何言ってんのか分かってるの弦!?今、自分が発した言葉がどんなことか分かってるの!?」
この気持は怒りじゃない、悲しみでもない、差別だ。
「そんな…弦はそんな子じゃない!ちゃんと、ちゃんとした子でしょ!?」
心に思っていた言葉たちが、遠慮というものを知らず次々に出てくる。
うつむいたままの弦に、少しずつ怒りが増していく。
「下ばっかり向いてないで!ほら、お母さんにちゃんと言ってよ!」
私ばかりが怒って、バカみたいじゃない。
「ねぇ!」
私は何を求めてるんだろう。弁解だろうか、冗談だろうか、真実だろうか。
すると弦は、ガタッと立ち上がった。その勢いで、椅子が倒れる。
「分かってるよ!自分が変なことくらい!常識に反してることぐらい!
分かってるよ…分かってるけど!」
顔を上げた弦の表情は、寂しそうに睨んでいた。
「少しでも母さんに分かってほしいよ!」
そう言って弦は、2階に上がっていった。
私はヘナっと、その場に崩れ落ちてしまった。
「わかんないよ…お母さんには。弦が大好きだよお母さんは。
だけど、わかんないよ」
かすかな声で誰もいなくなったリビングに、そう放った。
最初のコメントを投稿しよう!