全部捨ててしまえばいいのに

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「大丈夫じゃないよぉ。避難所がどこもいっぱいで行く所ないよぉ」 「なんだよ、そういう時は早く連絡しろよ。迎えに行ってやるから、今、どこなの?」 有馬がこんなにたくましくて有難く感じたこと、今まで無かった。小学校の入り口で待っていると、三十分程で有馬が車で迎えに来てくれた。小さい頃は喧嘩をしたり、思春期の時は口を聞かない時期もあったけど、この時私は心の底から有馬が弟で本当に良かったと思った。車に乗り込んだ時は安心して、有馬に気付かれないように涙が溢れそうな瞳を押さえた。弟のおかげで私は、なんとか雨に溶けて死なずに済んだのだ。 「何でも自分で何とかしようとするの、そろそろ辞めなよ。姉ちゃんはもっと人に頼った方が良いよ」 そんな弟の言葉に、ふと元夫を思い出す。彼も遥か昔に同じようなことを言っていた。 「俺は菊花にもっと頼って欲しかった。もうお前に、俺がいる意味なんて無いだろ」 吐き捨てるようにそう言った元夫の顔を、私は今でも忘れられずにいる。要するに私は、〝可愛げが無い女〟なのだ。男という生き物は、どうやら可愛く頼ってくる女の方が良いらしい。私のように一人で何でも出来てしまう女は、何故だかモテない。一人で何でもこなすことの、何がいけないのだろうか。男の思考はいつまでも経っても理解できないし、可愛く甘えることもできない私は見事結婚生活に失敗して、緊急事態に頼れるのも弟だけになってしまった。結局どこにも行く宛てのない私は、とりあえず有馬のところに泊まることになった。一人暮らしの部屋なので、多少狭かったりするだろうが、プライバシーのない体育館の冷たい床で寝るよりは何倍もマシだと思った。 「はい、着いたよ」 「え?ここ、中野じゃないけど?有馬のアパート中野でしょ?」 「ん?あー、言ってなかったっけ?引っ越した」 「は?!いつ?!」 「んー、三ヶ月ぐらい前かな」 有馬は涼しい顔でそう言うと、車を降りた。その様子がどこかぎこちなくて、妙に違和感があった。ドアを閉めるバタンという音が、地下駐車場全体に響く。 私が知っている有馬の家といえば、上京した時からずっと住んでいる、中野区の家賃七万円のアパートだった。駅から徒歩二十分と少し遠いものの、デザイナーズ物件だったそのアパートを有馬は一目で気に入り、ずっとそこで暮らしていた。社会人二年目には、さらに心地よく暮らすためにと、車を買って駐車場も借りていた。
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