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「まー君、誕生日おめでとう」
遥の声が聞こえた気がした。僕の誕生日はもうとっくに過ぎているのにと思った。
「まー君、ねえ、起きて」
さっきよりはっきりと聞こえた。僕は意識を瞼に向けて、うっすらと目を開けた。まつげの影の向こうにぼんやりと遥の顔が見える。
「ああ、夢か……」
「夢じゃないよ」
目を擦ると視界が澄んだ。遥が笑っている。夢だとわかっていても嬉しかった。懐かしさに胸が締めつけられる。
遥がいるだけで、部屋が暖かくなった気がした。手に、タオルケットが触れた。撫でると、少しごわついていて、所々糸が飛び出している。
「手触りがリアル」
「まー君、寝ぼけてる?」
「まだ、寝てるらしい」
遥が声を立てて笑った。
「誕生日のプレゼントを渡しに来たの」
遥から水色の包みを渡された。高一の誕生日の日の夢だ。
「『空の飛び方』かあ」
「どうしてわかったの? お母さんから聞いてたの?」
僕は「違うよ」と返した。
遥がちゃんとあの日と同じ服を着ている。丸い襟のついたクリーム色のブラウスと水色のカーディガン、そして紺色のスカートだ。
遥と会話ができている。
僕には、遥に伝えたいことがたくさんあった。
「会いたかった」
最初に出たのは、その言葉だった。遥は、僕を見て首を傾げた。
次はいつ、夢に出てきてくれるのかわからない。僕は、言えずにいたことを、全部、全部、遥に伝えてしまいたかった。
「ずっと、好きだった」
遥が、目を見開いた。瞬きもせずに僕を見ている。
「抱きしめてみたかった」
「何、急に、どうしたの?」
遥の頬が赤く染まっていく。
どうせ、夢だから。
僕はベッドから降りて、遥を抱きしめた。遥は、思っていたよりもずっと小さくて、柔らかで、良い香りがした。
「まー君、おかしいよ」
Tシャツの薄い生地を通り抜けて、遥の呼吸が僕の肌に触れた。鼓動を感じる。段々速く強くなっていく。少しずれながら、二つのリズムが刻まれていた。
遥に触れている個所が熱い。
「遥と、ずっとずっと一緒にいたい」
言葉にすると涙が溢れた。僕の頬を伝い、遥の髪を濡らしていく。
「どうして泣いてるの? 大丈夫、ずっと、まー君と一緒にいるよ」
遥の死が夢だったら良かったのに。
この夢が、現実なら良いのに。
このまま夢から覚めなければ良いと思いながら、僕は遥を抱きしめる腕に力を込める。遥が僕の背中に、腕を回してくれた。
〈了〉
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お読みいただきありがとうございます。
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冬の日のひとときに、お楽しみいただけたら幸いです。
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