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出会い〜痴漢に遭った僕〜 ※
そういう目に遭うのは、はじめてじゃなかった。
そういう目――というのは、ラッシュの車内で扉の近くに立っているとき、誰かの手に尻を撫でられること――だ。
いつもは早起きして、なるべく空いている電車に乗るようにしていた。けれど、その日は寝坊して、ラッシュピーク時の満員電車に乗る羽目になった。
(あれ……?)
最初は、バッグの角が当たっているのかと思った。だけどそのうち、明らかに揉みしだくような動きになってきて、あ、と思った。
――痴漢だ。
……165センチ、52キロ、と男にしては小柄な部類に入るぼくは、子どもの頃からよくいたずらされてきた。
学校の帰り道、知らない男に下半身を見せられたり、公園のトイレに連れ込まれそうになったり――私立中学に電車で通うようになってからは、ときどきこんな風に知らない男に触られた。
何でぼくが狙われるのか、わからない。
ただ、生まれつき、髪の毛がフワフワ茶色くて、目が大きく、フランス人形みたいね、と女の子に間違えられることが多かったからだろうか。
高校2年生になったいまも、ぼくは、男っぽさとか、逞しさとは無縁だった。
次第に大胆になる手が、前にのびて、股間に触れる。
(ウソ……)
次の瞬間、ぼくは凍り付いた。その手が、制服のジッパーを下ろしてきたのだ。
男の手が、パンツの中にヌルッと無遠慮に入る。顔を歪めたぼくは、腰を引いて男の手から逃れようとする。だけど、前にも横にも人がいて――みんなスマホに夢中で、誰も気づかない。
身動きがとれない状況のなか、生温い息が首筋にかかる。
「……勃ってるじゃないか――」
嬉しそうな声色。パンツの中の手が、ぼくのモノを握り、容赦なく扱きはじめたとたん、激しい嫌悪感に叫びたくなった。
「……ほら――いやらしい汁でビチョビチョだ……」
「……ッ――!」
上下に激しく擦られるたび、生理的な快感にビクビク身を震わせる。
(……いっ――や――)
痴漢されて感じるなんて――ぼくは、唇を噛んでうつむいた。それを服従と受けとめたのか、男は、もう片方の手でつかみ出した自分のモノをぼくの尻のあいだに捻じ込んできた。
ギンギンに硬くなった男のペニスが、ズボンの上からぼくを犯す。
電車がホームに着くのと、男が射精するのと、どっちが先だろう。男のザーメンで汚されたズボンで学校に行くなんて――絶対に、イヤだ。
そのときだった。
「……イヤなのか?」
ものすごく高いところから降ってきた声に、ぼくは、はっと顔を上げた。首を捻り、声のしたほうを探す。すると、斜め後ろに背の高い金髪の高校生がいた。
涼しげな顔をした金髪の高校生は確認するように、
「おまえは――イヤなのか?」
と聞いてくる。
シャンパントパーズの宝石みたいにキレイな薄茶色の瞳。
その瞳に心奪われたぼくは、痴漢の荒い息遣いを感じながら、藁にも縋る思いで頷いた。すると、金髪の高校生は、人波をかきわけ、痴漢に近づきその腕をつかんでぐいっと捩じ上げた。
「……いっ――たッ……!」
悲鳴を上げた男が、ぼくから手を離す。そのとき、駅に近づいた電車が大きく揺れ、ぼくは金髪の高校生に引っぱられ、抱きとめられた。
すっぽりと包みこまれる――大きなからだ。
電車が停車すると、金髪の高校生は、ぼくを抱きかかえ、ホームに降りた。そして何も言わず、駅の構内にあるトイレに、ぼくを連れていく。
個室に入り、ガチャッと鍵を閉め、壁に両手を突いた高校生に正面から見つめる。
大きい――190センチはゆうに超えていそうなスラリとした長身。8頭身どころか、10頭身はありそうだ。
胸にエンブレムのついた紺色のブレザーとネクタイ、タータンチェックのズボンという制服。おそらくどこかの私立高校だろう。
「あの……」
助けてくれてありがとう、と言おうとして、スラックスのジッパーが開きっぱなしだったのに気付いたぼくは、慌ててジッパーを閉め、シャツの裾をしまった。ぼくの学校の制服は、前開きのファスナー式の紺の学ランだった。
学ランの襟の部分に留められた校章に目をとめた彼は、ぼくのスクールバッグを奪い、中を漁った。そして、内ポケットから取り出した学生手帳をめくり、
「……あさみ、さとり――」
名前を確認する。
「サトリ――ちゃん?」
面白い名前だな、とつぶやき、
「すごい、頭いいんだな」
と感心したように言う。
「ここ、東大に毎年何十人も合格してる超進学校じゃん」
「……」
何て答えたらいいのかわからず、ぼくはうつむく。
「……そんな優等生が痴漢に遭ってカンジちゃってた――なんて、バラされたくないよな?」
「……え?」
いきなりの展開に、驚いたぼくは顔を上げる。にやっと愉快そうに微笑んだ彼は、
「――よかったら、取引しないか」
信じられないことばを口にした。
「今日見たことは、誰にも言わないでいてやる。そのかわり、おれのセフレになるんだ」
それが――ぼくと早川くんの、出会いだった。
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