夏の贈り物/皐月棗の誕生日

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夏の贈り物/皐月棗の誕生日

「あれ……? アオちゃん、まだ来てないんだ」  僕の誕生日は、ファビュラスな夏休みに入った途端、夏期補講という悲しい現実に襲われた。今日も朝から、こうして机で白い紙とお見合いしている。まあ、それも、今日でオシマイなんだけどね。いつも早い、幼馴染みの姿が見えないことに少しだけ違和感(というか物足りなさ)を感じながら、自分の席に着いた。  野球部とその他の部活からの喧騒と、気が遠くなりそうなくらいの熱気と湿気。窓から見える青空は、今朝の天気予報をしっかり裏切っていて。制服の襟の釦を一つ外して前を寛げた。大体、いくら薄い生地になっているとはいえ、暑いものは暑い。ネクタイをゆるめて、中のTシャツもバサバサと扇いで風を取り入れる。隣の席は、まだ不在。 「ご機嫌よう、棗ちゃん。今日はお誕生日なんですってね」  前の席に座るキクちゃんが、振り向いてお祝いの言葉をくれた。 「この時期ですと、夏期講習で嫌になりますわね。これから先のお誕生日も」  キクちゃんは音楽総合部のオーケストラ所属。うめちゃんと仲がいいからよく話す。 「とにかく、おめでとうございます。こちらを差し上げますわ。プレゼントはまた後日に」  掌に乗せられたのは、水色の飴玉。 「夏と言えばソーダ味ですわね」 「あっ、サンキュー」 「棗ちゃんは本当に、そういうところが、とても魅力的ですわね」 「うん?」  急に魅力的だと言われて、どうリアクションしていいのやら。少し固まっている僕を見て、キクちゃんは笑って前を向いてしまう。その次の瞬間。ポコンと、頭に軽い衝撃。くるりと、振り返ると。 「おはようございます、ナツさん」 「あ、アオちゃん、おっはー」 「ギリギリセーフでした」 「珍しいねー。アオちゃんがこんなに遅いの」 「いろいろあったんですよ。まあ、それはともかく」  言葉と共に目の前に差し出された。さっき、僕の頭を叩いた犯人であろう物。薄いグリーンのギンガムチェック模様の包装紙に包まれている。形は四角。……うん? 「どうぞ。お誕生日、おめでとうございます」 「……え? くれるの?」  こくりと頷くその先に、いつもは前髪で見えない、涼やかな目許が見える。サファイヤ色の瞳と、透き通るような白い肌はお洒落な店で飾られている人形みたいだ。 「ナツさんが、欲しいって捜していた本です。ネットで見かけたので」 「…って、もしかして、スーパーガール!?」 「そうです。合ってると思うんですけど……」 「いえええええーい! ありがとー! アオちゃんだいすきー!」  アオちゃんの細腰に抱き付くと、暑苦しいですとムジョーに押し返される。それでも、照れているのは、耳と目を見ればわかる。 「アリガトね、ほんと」  席に着きながら、頷いている友達に、手を差し出す。一瞬、不思議そうな顔をしたけれど、にやっと笑って僕の手を握り返してくれた。 「ボクの時は、期待していますから」 「くはっ」  そうきたか。握手の手を外しながら、苦笑する。そんな僕を見て、アオちゃんは嬉しそうに笑った。
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