みつめ愛

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 出会った頃はただの可愛い後輩だと思っていた。それなのに、どうしてだろう。いつの間にか、こんなにもあなたを想うようになっていた。  あなたの踊る姿は輝いていて、クールで格好良くて。アクロバティックな技を繰り出すときの真剣な眼差しがたまらなく好きなの。  普段は鈍感な部分があるし、甘いものを食べると幸せそうな顔をするわよね。そんなあなたのギャップも尊くて。わたしの想いは日々膨らむばかり。  でも分かってる。あなたには大切な人がいるんだってこと。他の誰にも見せない瞳を、あなたは誰かに向けている。決して他に目移りしない熱い想いがあなたにはあるのよね。  だからわたしは自分の気持ちを押し殺している。あなたに気づかれないよう、誰にも悟られないよう。自分の中に隠し続けているの――。   「おはようフレア」 「ヒルス、おはよう」  朝スタジオの練習場で柔軟体操をしていると、彼は毎日のようにわたしの隣に来てくれる。二人並んでストレッチをしながら、他愛ない会話をする。何気ないこのひとときが幸せ。 「なあ、フレア。今日の仕事終わりに少し練習していかないか」 「もちろんよ。来週イベントだしね」  わたし達はダンスのインストラクターでありながら、プロとして舞台に立つことも多い。彼とは来週ペアダンスをすることになっているんだ。    仕事後に彼と二人きりで練習する時間が楽しみで仕方がなかった。  仕事中は生徒たちの指導に集中しているけど、ランチタイムになるとわたしの口角は無意識のうちに上がってしまうようだ。  休憩室に行くと、椅子に腰かけてランチを食べる先客がいた。 「カイ、お疲れさま」 「うん、フレアも」  カイはわたしの唯一の幼馴染み。二人でいると実家でくつろいでいるような安心感がある。わたしは今日も自然と気が緩んでいった。 「何だかフレア、今日も楽しそうだな」 「えっ、そう?」  そう答えるわたしの声は、自分でも自覚できるほど弾んでいる。 「何もないわよ」 「何もないのにニヤニヤしてるの?」 「ニヤニヤしてないけど」 「してるよ。幸せそうでいいなあ」  カイの前にわたしも腰かけてランチを摂り始める。 「隠さなくてもいいのに。フレアが楽しそうならボクも嬉しいし」  わたしの顔をじっと見つめながらカイは微笑んでいた。でも何となく――もしかしたら気のせいかもしれない。カイの瞳が、どことなく寂しさに染められたような色をしていたの。  わたしはいつも彼のことしか見ていなかったから。カイの優しさに甘えるだけで、その寂しさの事情を深く知ろうとは思わなかったんだ。    仕事後、彼とのペア練習の時間が訪れる。二人きりになれるから、という単純な理由でわたしは喜んでいるわけじゃない。 「よし、始めるか」 「ええ」  鏡に向かい、音楽が流れるとわたしたちはたちまちダンサーの顔に変わる。リズムにのり、テンポを刻み、同じムーヴで全身を捻った。  彼と向い合わせになり、互いに見つめ合う。いつもは爽やかな笑顔を浮かべる彼が、この時だけ目の色を大きく変えるの。真剣な表情でわたしを見てくる彼は、人が変わったようにクールだった。  ――この瞬間がたまらなく好き。  彼の瞳は綺麗なすみれ色。澄んだ目でじっと見つめられる度、わたしの心臓の鼓動が緊張と喜びで激しさを増す。   「フレア」 「何?」 「綺麗だな」  あまりにも唐突に発せられた言葉。驚き、ステップを踏む足元のバランスが崩れてしまい、わたしは横に倒れそうになる――。と同時に、わたしの全身が力強く何かにしっかりと包み込まれた。 「危ない。大丈夫か」  一瞬、何が起きたのか分からなかった。  見た目よりも遥かに筋肉質な彼に両腕で抱き抱えられていた――というよりも、倒れそうになったわたしの体を彼が支えてくれたと言った方が正しい。 「あの。ごめんなさい」 「珍しいな、フレアがバランスを崩すなんて」 「それは……」  彼の顔がとんでもなく近い。この状況に恥ずかしくなってしまい、わたしは焦ってその逞しい両腕からさっと離れていく。 「それは、あなたが変なことを言うからよ」 「変なこと?」 「……綺麗って」 「ああ。フレアのステップが凄く綺麗だと思ったんだよ。何かおかしいか?」  この言葉を聞いてわたしは羞恥心で身体が熱くなる。  ――分かっているの。彼の発言に特別な意味なんて何もない。期待している自分が馬鹿みたい。だけど、心だけは踊ってしまう。  ほんのり彼の香りがわたしの中に残り、その日胸の鼓動がいつまでも落ち着きを取り戻すことはなかった。  イベント当日。 「ヒルス、今日はよろしくね」 「ああ」 「今日もスクールの皆が来てくれてるみたいね」  舞台裏でわたしと彼は準備体操を念入りにしながら話をしていた。 「そうだな。皆、いつもイベントがあると来てくれるんだ」  微笑みながらそう言う彼は、一瞬だけ寂しそうな顔をするの。わたしはそれを見逃さなかった。  彼は少し遠目を見つめている。 「……あ。今、またレイちゃんのこと考えてる」 「ん? そ、そんなことないよ」  否定したって彼はいつも分かりやすいリアクションをする。そんなところも可愛いんだけど。 「顔に書いてあるわよ。『レイがいないから寂しい』てね」 「書いてあるわけないだろ……変なこと言うなよ」  目を逸らしながらわざとらしく咳払いをする彼は、頬が少し赤くなってる。そんなリアクション、レイちゃんのこと以外では絶対に見せないのに。  ――ねえ、レイちゃんってあなたの妹よね。妹に対してどうしてそういう反応をするの? 彼女の話をする時のあなたは、優しさでいっぱいの表情をする。本当にただの妹なの? 何か事情があるの?  そう聞いてみたかった。でも、聞いちゃいけない気がして。それにもう本番が始まっちゃう。  気持ちを切り替え、わたしは彼の手を引いて舞台へ向かっていく。 「今日も最高のダンスを披露しましょ」 「ああ。フレアとのダンスはいつも心地いいんだよな」  ほら、今日も。わたしはあなたの何でもない言葉に踊らされている。
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