遭遇と別れ

2/7
1758人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
ゆこを定位置のソファーに下ろすと、霧島はシェードカーテンを下ろした。 「それで…」 カウンターのスツール、ゆこに一番近いところに腰を下ろして、霧島が口を開いた。 「…何があった?」 急かす訳では無い、落ち着いた問いかけだった。 答えたら、霧島は守ってくれるだろうか? そんなはずは無い。 汚れている…と思われるかもしれない。 仕事柄、夜の世界のおぞましさは、きっと良く知っているはずだから。 「ピーマンの肉詰め…」 ぐちゃぐちゃになった頭で、咄嗟に出たのはそんな言葉だった。 顔を上げてみれば、相変わらずの無表情だったが片目が微かに眇られていた。 「明日のお弁当に、入れようと思うんです…お好きですか?」 夜の世界では、泣いたり頼ったりするのはタブーだった。 少しでも弱みを見せれば、あっという間に足元をすくわれ蹴落とされてしまう。 なんでもない顔で、笑うのには慣れていた。 「食うよ…あんたが作ったもんなら…」 上手く誤魔化せるかも、そう思ったのに。 霧島の声が思いの外優しく聞こえて。 ゆこは失敗した。 また、涙がせり上がってくる。 きっとバチが当たったんだと思った。 優香さんが逃がしてくれたのに。 その気持ちを踏み台にしたまま、逃げたから。 自分だけ自由になろうとしたから。 …霧島さんに、こんな気持ちを抱いてしまったから。 だから今日、黒服に会ってしまったのだと思う。 ポロッと頬に落ちた涙が恥ずかしくて、浅ましくて。 ゆこは眼鏡もマスクも外して、両手で顔を覆った。 「やっぱり…嫌いなんですね、ピーマン」 何の話をしているのか、馬鹿らしい。 そう自分にため息をついたら、止まらなくなった。 「っ、…ふ…っく」 飲み込めない嗚咽が漏れる。 指の隙間から、涙が落ちていく。 「…ああ…あ?…三十分後に連絡しろ…ああ、そのままケイを立たせとけ」 必死に唇を噛み締めていたゆこは、霧島の通話の声に肩を震わせた。 仕事の邪魔をしている。 (はやく、泣きやまなきゃ) 「ごめん、なさいっ」 子供が泣いているように、何度も袖で涙を拭うのだけれど、焦る気持ちだけが大きくなっていく。 キシ…と足音と共に霧島の気配が近づいた。 顔を上げたゆこの前で霧島が胡座をかいた。 「っ、スーツ、汚れー」 汚れてしまうと言い終わる前に、慌てて上げかけた腰を大きな手が掴んだ。 両手で掴まれると、ウエストをほぼ回り込んでいる気がする。 ぐっと引かれて、気づけば霧島の膝の上、その胸に引き寄せられていた。 横抱きに抱え込まれて、ゆこの体がカチンと固まった。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!