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実家へ辿り着いたのは既に夜だった。それでも今日は母も元気そうに明を出迎え、翠と共に明を家の中へと引っ張った。
「ちょっ、翠、母さん、いきなり何?」
自分の部屋へと連れて行かれた明は前回と同じような展開に不安になって自分の手を引いていた二人に少し不機嫌に聞いた。
また優と離されて、ここに閉じ込められて、優はまたあんな廃墟に押し込められるのではと思ったのだ。
けれど二人は、大丈夫よ、と笑う。
「着替えるために連れてきただけだから」
母がそう言って視線を壁へと向ける。それにつられ、明もそちらを見やった。
「……何、これ……」
壁に掛かっていたのは、真っ白な着物だった。
「白無垢よ。私のお下がりだけど……まだキレイでしょ」
「白無垢……」
明はゆっくりと着物に近づき、その着物に触れた。真っ白なそれが目に眩しい。
「明、なんだか前よりも少し可愛らしくなった? 優に愛されてるのかな?」
母の言葉に明が驚いて振り返る。母が優のことを呼び捨てにするなんて、何かあったのだろうか。明の驚きが分かったのか、母はやさしく微笑んだ。
「だって、もうすぐ私の息子になるんでしょう? だから、優、でいいわよね」
「母さん……え、待って、もしかして、これ……」
明が再び白無垢に視線を送る。そんな明に、そうよ、と母が口を開いた。
「今夜、あなたが着るのよ、明」
「………ええ?」
充分に間を空けてから明が驚く。そんな明を見て母は笑った。
「ほら、着付けに時間掛かるんだから、早くしなきゃ。優を待たせてしまうわよ」
母はそう言うと、ほらほら、と明の上着に手を掛けた。明が素直にそれを脱ぐ。
「まさか息子にこれを着せるなんて思ってなかったけど……それでも嬉しいものね……自分の子が幸せになるって」
ふふ、と笑う母の目元はほんの少し潤んでいた。それを見て、明はぐっと唇を噛み締めてから、満面の笑みを浮かべた。
「幸せになるよ! だって、相手優さんだよ、幸せにならないわけないでしょ」
明が、でしょ、と問いかけると、母は、そうね、とやさしい笑みで頷いた。
「明……この先、大変なこともあるかもしれない。人と結ばれるなんてって、言われるかもしれないし、お互いの常識が違って、なんでもないことで傷つけあうかもしれない。それでも、今の気持ちを思い出して欲しいの。きっと、優と一緒なら大丈夫だから――明だけの、素敵な旦那様に付いていってね」
母が珍しく真剣な目を向ける。明は少し背筋が伸びる思いで、母に頷いた。
「……ぼくは優さんについてくよ。優さんと一緒なら、どこだって怖くない」
明の返事に、母は嬉しそうに笑って頷いた。
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