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 煌びやかな街の灯りに、車の騒音に、たくさんの人たち――都会のど真ん中で、明は持ちなれないスマホを片手に人の間を彷徨い歩いていた。 「……目的地周辺でナビやめるの、ホントやめてほしいんだけど……」  手にしたスマホの画面では、目的地のマークと自分の位置が重なっているのだが、(めい)が目指している場所には未だにたどり着いていない。  はあ、とため息を吐いて立ち止まったその時だった。後ろから背を押され、明は持っていたスマホを手放してしまう。あ、と思った時には、スマホは車道に投げ出され、すぐに来た車に踏みつぶされてしまった。 「嘘……」  呆然とその様子を見ていた明をたくさんの人が追い越していく。こちらをちらりと見る人もいたが、多くの人は明など気にも留めず過ぎ去っていく。明はその現実に、ここは兎村じゃないんだ、と痛感した。  明は、人ではない。  いわゆる獣人で、明はうさぎの獣人だ。昔は、人も獣人も混ざって暮していたらしいのだが、それも随分昔の話で、もう人の歴史の中に獣人が出てくることはないのだと聞く。  それでも村で一生暮らすわけにもいかないので、明の村では、十五を過ぎた者から人の社会に溶け込み、生きる術や仕事を身に付けるのが習わしだった。そしてそれは同時に、自分たちには欠かせない(つがい)を見つけるためでもあった。  先日十八になった明には、まだ番を探すフェロモンの存在もよく分からなかったが、実家の反対を押し切り、五歳上の兄のところを頼ってここまで来たのだ。 「でも、スマホがこれじゃ……」  車の波が途切れたタイミングで拾い上げたスマホの画面は粉々に割れ、真っ黒になっていた。これでは兄のところにたどり着くのも、連絡すらできない。  ため息を吐いて歩き出した明の頬に雫が落ちる。見上げると、こんな時に限って雨が降り出していた。辺りの人は駆け出し、それぞれの目的地へ向かっていく。その内、傘の花が咲き始め、辺りを埋め尽くしていく。  明はそこから離れ、路地に入ってすぐの建物の壁に寄り掛かった。人混みを歩くのにも疲れたし、これからどうするべきか考えなくてはいけない。 「せっかく買ってもらったのに……」  ずっと欲しかったスマホを見つめ、明はため息を吐いた。山奥の集落である兎村は、電波状況がよくないのでスマホは持たせてもらえなかった。こちらに来ることが決まってようやく父親が買ってくれたのに、たった一日で壊してしまっては、怒られるどころか呆れられるだろう。それよりも、やっぱりまだ上京は早かったのだと、村に連れ戻されるかもしれない。 「どうしよう……」  こんな時、どうすればいいか分からない。村に居る時は、両親に一番上の兄、(かい)が末っ子である自分の世話を焼いてくれていて、それが当然だと思っていた。二番目の兄の(るい)が家を出て、次は自分だからと少しずつ身の回りのことをするようにはなったが、まだまだ出来ることは少ない。  そういえば、こんなふうに困ると誰かが必ず助けてくれていたと思い出す。  一度出直した方がいいのかもしれない、と思ったその時だった。
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