聖女ポーラの収穫

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聖女ポーラの収穫

 フォスやロックから得られた情報は、北の教会としても大きな収穫となった。少なくとも南側から進むと、海がってその先に島があるという情報が得られたからだ。その海はもしかしたら、自分たちが南側に来る時に越えた海とつながっているかも知れない。そうとも考えられた。なにせ、その海は西の空に途中から濃い紫の霧が浮かんでいて、その先の様子が分からないからだ。そういう背景があるからこそ、推測する事しかできなかった。  過去の文献を見る限りは、その濃い紫の霧に向かっていった者は居たらしいが、そのいずれもが戻ってきたという記述はない。すべて海の藻屑と消えたのだろう。これを思い出したポーラは体を震わせた。 「ワシらから話を聞くのはいいが、無理に向かおうとは思わん事じゃな。無駄に命を散らすだけじゃからのう。ワシの管理する森とて、ワシが目を離せばそこらの植物があっという間に人を飲み込むからな」 「ふむ、そうだな。俺様の山岳地帯も、生きた岩とか居るしな。気を抜けばすぐにぺしゃんこだぞ。わっはっはっは!」  笑ってはいるが、これはアサーナたちにとっても笑い事じゃない。 「まぁ要は住み分けというところじゃな。これ以上瘴気の侵攻を止めたいと思うなら、魔境と呼ばれる辺境地域の悪魔を倒すか、味方に引き入れるかすればよい。瘴気の発生を遅らせられれば、それだけ魔境の広がりを遅らせられるというわけじゃ」  フォスが説明するものの、ポーラにはまだ難しい話のようで、部下の騎士たちともども首を傾げている始末だった。 「そこに実例がおろうが。実際、この南の魔境は広がりを止めておるからな。アサーナたちが居なければ、今頃はこの辺りも魔境の一部だったぞ」  フォスがこう言うが、実際に南の魔境の範囲は広がっていない。それどころか少しだけ後退していた。アサーナとミリナという二人の悪魔が人間側についた事で、瘴気を生み出す負の感情が少し低減されたのが原因である。それに加えて、森の悪魔たちの上位勢がことごとく人間側についているので、南の魔境の勢いはしばらく衰える事は確実だった。 「とはいえ、この平原の環境は冒険者にとってもそう悪い物でもなかろう。実際、この宿に来る冒険者の中には、平原の魔物ともやり合える者が出てきたからな。完全に滅ぼすのはできんが、うまく付き合えればそれもまたいい事じゃろうて」  フォスが言う事も理解できるようで、アサーナやエレンは頷いている。 「放っておけば、奥の魔境の地域が広くなっていく。そうなるとますます人の住める地域は減るじゃろうな。かと言って、下手に押し戻しても奥の強い魔境の悪魔や魔物が出てきやすくなるからのう。その辺りの加減は難しいぞ」  つまり、今の状況からあまり変えない事を勧めているという事である。急激にバランスを崩せば、人間との物理的な距離が縮まった奥地の悪魔や魔物が襲い掛かってくるというわけである。距離があれば移動を面倒に思う者が多いという事である。 「どうじゃ、北の。ワシらとの話は、おぬしたちの役には立ちそうかえ?」  ずずっと紅茶を飲みながら、フォスはポーラをちらりと見る。これに対して、ポーラとその護衛騎士たちは、唸って考え始めた。 「まぁ俺様たちはお前たちがどんな結論を出そうが構わんのだがな。……さて、ちょっと退屈だからな、そこの騎士ども、ちょっと鍛えてやるから表に出ろ」  ロックはこう言って、問答無用でポーラの護衛騎士たちを表へと引きずり出していた。結果としては、護衛騎士四人が掛かりでロックに攻撃を入れる事ができても、傷を負わせられなかった。その実力差に騎士たちは落胆せざるを得なかった。この程度の腕前では聖女は護り切れない。騎士たちはこの日一日、ロックに稽古をつけてもらっていた。  ポーラもポーラで、例の墓場で瘴気の浄化をして、自分の聖女としての力を確認していた。平原の瘴気だけとはいえ、一日で溜まる瘴気の量は半端ではなかった。ミリナも三、四日に一回浄化を掛けるくらいにはすぐに瘴気が溜まってしまうのだ。  しかし、ポーラはその量を自分一人で完全に浄化する事はできなかった。ポーラも聖女になりたてであるとはいえ、自分の非力さを痛感せざるを得なかった。 (この地に来た事は、思った以上に収穫がありました。……私は自分の取るべき道を見出した気がします)  ポーラはもう一度浄化を試みるが、やはり完全にとはいかなかった。だが、自分の取るべき聖女像を見出したポーラの顔は、決して暗いものではなかった。 「まだ私は至らぬ者ではありますが、みなさん、ゆっくりお休み下さい。きっと立派になってみせますから」  ポーラは宿屋の墓場を出て、宿へと戻っていった。
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