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男は湿った夜の中を駆けた。
敷地の図面は頭から吹き飛び、空白を埋めるのは美少女ゾンビの姿。紙袋に収めた時に抱いた、冷たい肌の感触がよみがえる。
──彼女は完璧だ。あと少し、あと少しで俺のものになったのに!
緊迫と怒りが細い顔をどす黒くした時、後ろからエンジンの駆動音が響いた。ヘッドライトがまばゆくはじけ、道の上に男の影を描き出す。
「ちくしょう、あいつめ!」
無我夢中で光を避け安心したのもつかの間、何かに激しくつまづいた。
つんのめって下を見ると、それは倒れたままのゾンビの足だった。城の前に戻ってきたのだ。
男はひらめいた。
こいつらをまとめて轢くわけにもいくまい、トラックがもたついてる間に芝生を抜け、城に隠れよう。どうにかしてあの子を取り戻すんだ。
「そうだ、こんな場所で終わってたまるか!」
彼はすばやく進み出す。
しかし、音もなく伸びた死者の手がそれをとめた。
「うわっ!?」
男は足首を取られ芝生に倒れる。
彼をつかまえたゾンビが起きあがり、すかさず押さえ込んだ。
ハンディライトが点き、二つの顔が浮かびあがる。
「ぐっ、貴様……」
憎々しげにゆがんだ犯人の顔と、静かな怒りをたたえた管理人の顔。
芝まみれのジャックは相手をにらみつけた。
「こんな場所とはご挨拶だな。お前のような人間、俺たちの方から願い下げだ」
首筋を押さえられた男は、ようやく気づく。
管理人の手はとても冷たかった。
あの少女と同じくらいに。
「あ、ああ。お前……!?」
犯人が目を見開くと、管理人は青ざめた顔で笑った。
空から応援部隊のヘリの音が響き、長い悲鳴をかき消した。
プリンセスの危機は、誘拐ではなく窃盗未遂として処理された。
「ゾンビは人間ではないからな。犯人もたいした罪にはならないだろう」
わずかな哀れみを見せた本部職員に、ジャックは無言で首をふった。
すべての処理を終え管理室に戻ると、すでに深夜をまわっていた。通信機を箱に戻し、頼もしい同僚のとなりに腰をおろす。
「ありがとうアリス、いいオペレーションだった」
モニターを見ながらトラックを誘導し続けた彼女は、子どもっぽく微笑んだ。
「なかなか楽しかったですよ、さすが作業員は運転が上手いですね。あなたこそ本当にお疲れさまでした」
と、ジャックの顔色をうかがう。
彼はいつだって青白いが、生前にスクールカウンセラーをしていたアリスは、微妙な変化を読みとるのがうまかった。
「何だかだるそうですね。パラディゾールの影響を受けたでしょう、少し死にますか?」
「さて、そうだな……」
彼はイスの背に寄りかかり、陰気な天井を眺める。
使命をはたした結果の心地よい疲労が全身にあった。
「お言葉に甘えよう。十五分で復活する」
「あら、ごゆっくりどうぞ。あんなにがんばったんですもの」
アリスは心をこめて彼をうながした。
ジャックは管理室の隅へいき、十字が記された重いフタを開ける。つつましくせまい寝床を見るとため息が出た。
彼は思う。
ランドオブデッドへの不満は、たったひとつ。
危険な溶剤について教えてもらえないことも、身を守るための警棒すら持たせてもらえないことも、逃走を懸念してバイクや車を与えてもらえないことも我慢する。
だが、いくら俺やアリスが “タイプC” ──自我と理性を保ち攻撃性を欠くゾンビだからといって、仮眠ベッドがわりに棺桶を置くのはやめてもらいたい。
(END)
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