11.最後の儀式

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11.最後の儀式

「あのクラブに集められたのは、皆、見目麗しい少年少女たちでした。まあ、自分で言うのもアレですけど、僕もエルシーも見た目はかなり良いほうじゃないですか? そのせいか、会員たちにやけに気に入られてしまいましてね」 「どういうことだ……?」 「あのクラブの会員たちはね、ただのサイコパスばかりじゃなかったんですよ。いわゆる、死体愛好家(ネクロフィリア)と呼ばれる異常性癖持ちの会員も多く在籍していたんです」  嫌な予感がしつつも、俺はジャックの話に耳を傾ける。 「ここまで言えば、もうお分かりになったのではないでしょうか? そう、僕とエルシーは仮死状態になっている間に何度も犯されたんですよ。……異常性癖を持つ会員たちにね」 「……!」 「そう、僕たちは完全にあいつらの玩具だった。わざわざ言わなくてもいいのに、奴らは僕たちが仮死状態から目が覚めた後にわざと真実を伝えて反応を楽しんでいたりしたんですよ」 「そんな……」  衝撃的な事実を聞かされて、俺は思わず絶句する。  隣にいるアルノーも、驚愕のあまり固まっているようだ。 「こんな目に遭って、それでもあなたは歪まずにいられますか? 侯爵」 「…………」 「確かに、僕らのやっていることは間違っているかもしれない。だけど、僕たちをここまで追い込んだのはリーズデイル家の人間なんですよ」 「だが、息子のテオに罪はないだろう? あの子は、ただある日突然いなくなった母親の愛を求めているだけの無垢な子供だ。そんな幼気(いたいけ)な子供まで標的にするのは、どう考えても間違ってる!」 「ああ、あの子のことなら心配いらないわよ」  テオのことを話題を出した瞬間、エルシーが話に割り込んでくる。 「なんだって?」 「自分の実子じゃないと知った時は、確かに絶望のあまりあの子を手に掛けようとしたこともあったわ。でも、そのうち考えを改めたの。血はつながっていないけれど、私が育てた大切な子供であることに変わりない。だから、儀式の生贄として捧げるなんてとてもじゃないけれどできなかった。……そんなわけで、最後の生贄は先代リーズデイル公が大事にしていたペットの鳥を使わせてもらったわ」 「エルシー……やっぱり、その事も知っていたんだな。でも……それじゃあ、テオは今どこに?」 「テオは聡明で好奇心旺盛な子だから、きっと部屋の外に出て探索してみたくなっただけじゃないかしら? ほら、男の子って冒険が大好きでしょう?」 「ということは、テオは自分で部屋から出たのか……?」  エルシーがテオを生贄にしようとしたわけではないことがわかり、ほっと胸を撫で下ろす。  その途端。背後から、自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。 「ギルフォード様! こんな所にいらしたんですか!」  反応するように背後を振り返ってみれば、見張りを任せていた使用人が息を切らせながら走ってこちらに向かってきているのが見えた。 「どうしたんだ? そんなに慌てて」 「それが、その……一緒にテオ坊ちゃまを探していたメイドが、坊ちゃまらしき男の子が走り去るのを見たって言うもんで。こうして、慌てて報告しにきたんですよ」 「なんだって!? それで、テオを見かけたのはどの辺りなんだ!?」 「東屋がある辺りです! 案内しますから、ついてきてください!」 「しかし、今この二人を逃がすわけには──」  言いかけた次の瞬間。突然、視界が眩い光で覆われる。  思わず目を瞑ると、少し離れた所からエルシーの声が聞こえてきた。 「ねえ、ギル。今後、あなたとはもう二度と会うことはないと思うけれど……私がいなくなっても、しっかり生きていくのよ。あなた、意外と繊細なところがあるから心配なのよ。……それじゃあ、さよなら。元気でね」 「エルシー! 待っ──」  大きく振りかぶった右手が、虚しく空を掴む。  一瞬だけ僅かに開けた目の隙間から、エルシーとジャックの後ろ姿が遠ざかっていくのが見えたような気がした。 「ギ、ギルフォード様! あの二人の姿が見当たりません! どうやら、逃がしてしまったようです! すみません、私が迂闊だったばかりに……」  暫く経った後、動揺するアルノーの声で俺はハッと目を開ける。  恐らく、二人は目くらましの魔道具か何かを使ってこの場を立ち去ったのだろう。 「ったく、エルシーの奴……いつまでも、俺のことを子供扱いしやがって」  悪態をつくように呟くと、俺はすぐさま人形の状態を確認する。  すると、そこにあったのは燃やされた人形とおぼしき灰色の燃え滓だった。  ──どういうことだ? 燃やしてから、大分時間が経っているように見えるが……。確か、ここには『12』の番号が振られた人形が置いてあったはずだが……。 「あの、ギルフォード様。人形が……」 「ああ、わかってる。だが、まずはテオを保護するのが先だ。急ぐぞ!」 「……かしこまりました!」  そんなやり取りを終えると、俺たちは報告をしに来た使用人と共に薔薇園を通って東屋がある方向へと向かった。  むせ返るような薔薇の甘い香りが、何故か余計に焦燥感を駆り立てる。  全速力で薔薇園を駆け抜け、ようやく東屋までたどり着くと、前方に真っ赤な炎が上がっているのが見えた。  あの位置は、確か人形が置いてあった場所だ。 「やはり、ここの人形も既に燃えていたか」 「ええ。もう、全ての人形が燃やされた後なのでしょう。あの二人の言っていたことが本当なら、一応、これで呪いの儀式が完成したということになりますが……一体、これからどうなるんでしょう? 本当に、呪いの効果なんてあるんでしょうか?」 「わからない。けど、あの二人はまるで本当に呪いが存在するかのように話していたからな……」  東屋に到着するなり、俺はアルノーとそんな会話をする。 「ん……? こっちの人形のほうが先に燃やされていた割には、なんだか燃え方が遅いな。というか、まるで今さっき燃やしたみたいな──」  ふと、異変に気づきそう呟いた途端、背後に何者かの気配を感じた。  恐る恐る、後ろを振り返ると── 「テオ……?」  木陰から、寝衣姿のテオがひょっこりと現れた。  本来ならもうとっくに寝ている時間だろうに、やけに爛々とした目をしている。 「あの……探偵さん。お母様を見つけてくださってありがとうございました。探偵さんのお陰で、やっとお母様に会えました」 「な、何を言ってるんだ? テオ」 「お母様は、僕やお父様やお祖父様を幸せにするためにおまじないをかけてくださったんです。だから、僕、お母様のお役に立ちたくてお手伝いをしました」 「手伝いって……一体、何を手伝ったんだ?」  嫌な予感がしつつも、俺はテオにそう尋ねる。 「人形を燃やすお手伝いです。お母様が仰っていました。『この人形を燃やせばおまじないは完成よ。最後の人形は、あなたが燃やしてちょうだい。お母様、今とっても疲れているからお手伝いをしてほしいの』って。だから、僕、頑張って最近覚えた魔法でそこにある人形を燃やしたんです。そしたらお母様、すごく喜んでくれました」  テオは、ひたすら無邪気に嬉しそうにそう語った。  彼の話を聞いた瞬間、俺は血の気がサーッと引くのを感じた。 「お母様、今はホテルに泊まっているって仰っていました。理由はよくわからないけれど、暫くはこのお(やしき)に帰れないらしいです」 「……!」  これで、ようやくわかった。  北側に置いてある人形の近くにジャックがいたのは罠だったんだ。  恐らく、ジャックが時間稼ぎをして俺たちを引きつけている間に、エルシーがテオを誘導して時間が来たら東屋の近くに置いてある人形を燃やすよう指示していたのだろう。  つまり、真に最後に燃やさなければいけなかったのはこの人形だったのだ。  多分だけれど、最後の人形を燃やすのは呪いをかけた術者本人──つまり、エルシーかジャックでなければいけないという決まりも別にないのだろう。  だから、エルシーはテオに人形を燃やさせたんだ。  ──そう、自分が『呪いの代償』を受けないように。  俺は、エルシーの言葉を鵜呑みにしていた。  あれだけ言うんだから、きっとテオだけは呪いの対象に含めないだろうと安心しきっていた。  自分を陥れた夫とその浮気相手の子供であるということを知っても、なおテオのことを愛していると信じていたのだ。  でも、実際は違った。恐らく、エルシーは早い段階でテオが自分の子供ではないと悟っていたんだ。  表面的には子煩悩な良き妻を演じていたようだけれど、その実、常日頃から復讐の機会を狙っていたのだろう。  ──確かに、テオを呪いの対象には含めなかった。だけど、エルシーは別の方法で彼に災いが行くよう仕向けたんだ。それも、最も効率的な方法で……。  そう考えた途端、背筋がゾクリとし、思わず悪寒が走った。  テオに最後の人形を燃やさせれば、呪いの代償は最終的には全部彼に行く。  その上、元凶であるレナードや先代リーズデイル公たちも始末することができる。つまり、一石二鳥というわけか……。 「なあ、アルノー。この人形に振られた番号は何だっけ?」 「……『50』でございます」 「邸の周辺にある人形は全部で五十体。ああ、なんだ……実は、すごく単純だったんだな。順番通り、この人形を最後に燃やせば良かったわけか」  俺は、最初から『北の悪魔』の存在にこだわっていた。  だから、まさか悪魔を召喚するのにそんな単純な方法でいいなんて微塵も思わなかったのだ。  ジャックがいた場所に置いてある人形には、『12』の番号が振られていた。  俺自身は、十二時の方向──召喚される悪魔の憑代となる人形が置いてある場所──つまり、真北を示すと強く思い込んでおり、ついさっきまでその人形を最後に燃やすだろうと睨んでいたわけだが。  それも、恐らくエルシーとジャックには最初から読まれていたのだろう。 「……とりあえず、依頼人に報告だ」  無邪気にはしゃいでいるテオを前にして、当然ながら俺は真実を伝えることなどできるわけもなく。  その日は、一先ずレナードにエルシーとジャックに逃げられてしまったという事と、テオの無事を報告して帰路についたのだった。
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