弟に下克上されて国外追放されたけど、追放先は兄(俺)にとって至れり尽くせりすぎる天国だった話!

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弟に下克上されて国外追放されたけど、追放先は兄(俺)にとって至れり尽くせりすぎる天国だった話!

 ーⅠー    前略。  天国のお父様。お母様。  そちらでは、いかがお過ごしでしょうか?    俺は昨日、弟に下克上されて、国外追放されました。    理由は、と言いますと『書類仕事ひとつまともに出来ないダメ兄貴だから』です。    ええ。  ええ、そうでしょう。  そうでしょうとも!  お父様とお母様は『私たちはそんなダメな子に育てた覚えはない!』とおっしゃると思います。  俺も、思っていました。  自分は、できる兄貴だと。  しかし。  しかし、です!  お父様とお母様の跡を継いで王に即位したあと、俺なりにそれまで教えていただいたことを守りつつ、生かしつつ、手探りながらも、優秀な周りの者に支えられつつ、なんとかこなしておりました。  いえ。こなしていたハズ、だっただけなのかもしれません。  気づけば、次第にひとつ、またひとつとミスが増え、ミスを修正するための仕事にてまたミスが増え、またそれにミスを重ねる日々が続き始めました。    俺のはたらきぶりときたら、それはそれは酷い有様になっていました。    最終的に、この世には水、火、風、光、闇などの妖精の他に〝ミスの妖精〟というものがいて、俺が離席した瞬間のみならず、机で一瞬意識を飛ばした瞬間ですら、いたずら好きな妖精が大事な書類の中身にミスを生み出しているのでは……などと思うほどでした。  ですが、それ以外に説明がつかないのです。  なぜか俺が行った書類全てが、複数回におよぶ目を皿にしたチェックすら掻い潜り、いつの間にやらありえないミスをした書類になっているのです。  妖精の仕業でないとするならば、もうこれはイリュージョンレベルに脳が誤作動を起こしていて、俺がみずからのやらかしに気づかないくらいに、幻覚をみている、ということなのかもしれません。    大変お恥ずかしいかぎりです。  お父様とお母様には、きちんと育てていただいたのに、俺はずいぶんとよろしくないかんじに育ってしまったようです。    俺は弟のマシューデュオの見本となる〝兄らしい兄〟となるよう、俺なりにがんばっていたつもりだったのです。  ですが、どうやら何事においても産まれた時から優秀な弟には、やっぱり何事も適わなかったようです。  なにせ産まれた時に「おにいちゃぁぁあん!」と産声を上げた弟です。  彼はきっと、このポンコツ兄のポンコツ具合を、お母様のお腹のなかにいるうちからいち早く気づき、産まれた瞬間に下克上することを決意し、俺を呼ぶことでそれを強く主張していたのでしょう。    ……で、つい先日、ほんとうに下克上されまして、国外追放になりました。    ちなみに今日が追放当日で、俺はいま馬車に揺られています。    そうです。馬車です。  てっきり「どこへでもいけ! ちなみに徒歩で!」とでも言われるのかと思っていましたが、まさかの馬車です。  しかも、国で一番良い馬車です。  快適の極みです。  あと、俺が今乗っている馬車を先頭に、国で二番目に良い馬車、三番目に良い馬車、四番目の馬車、五番目の馬車(以下略)が連なっています。  中に誰が乗っているのか、何が積まれているのかはよく知りませんが、たぶん弟のための必要な人材や積荷だと思われます。  その他にも、馬車の後方を騎馬隊が続いているようでした。    俺は彼の兄ですが、じつは我が弟のことがよくわかりません。  まだお父様やお母様がご存命の時には、俺をよく慕ってくれていたことはわかっていました。  ほんとうにまだ小さな時は「にーさま、にーさま」と俺の後ろついてまわったり「あそんでください」とせがんだり、少し大きくなってからは共に剣術を学んだりしたものですが、お父様とお母様が亡くなられてからは、姿を見かけない日が長く続き、気づいた時には立派に成長した彼から冷たい眼差しと共に「国外追放!」を言い渡されていました。    ですが、その国外追放というものは、こんなゴージャスな凱旋パレードみたいな感じでしたでしょうか?  ちがうと記憶しておりますが。  まあ実際に国外追放された者を見た訳ではありませんが。    しかも、目の前に弟がいます。  国外追放って、追放した側も同行するものでしたでしょうか?    俺はもうどうしたらいいのか、よくわかりません。  おにいちゃん、めちゃくちゃパニックです。     「…………あ、あの、マシューデュオ?」    馬車で揺られること、約一時間。  国外追放された側と国外追放した側の二人きりの馬車の中。  無言の時間はとうに限界を突破していた。  意を決して目の前の座席で腕を組んだままふんぞり返っている、弟ことマシューデュオ・キャトリー・バロウズに、俺は声をかけた。   「ん? なんだ。どうした? アルフレッド兄さん。もしや軟弱すぎてその貧相な体でも痛めたか? それとも馬車酔いか? 弟のまえでみっともなく嘔吐でもする気か? やめてくれよ。──おい、今すぐ馬車を止めろ!」 「はい! マシューデュオ様! かしこまりました!」    マシューデュオはまるで芝居がかったように大袈裟に嘲笑いながら首をすくめたあと、馬車を操る従者に厳しく硬い声を飛ばした。  それに対し、従者はやや震える大きな声で返事をしたあと、器用に手綱を操る。  途端に馬車が減速しはじめた。   「いやいやいや。ちがう。ちがうよ。大丈夫。体の痛みも吐き気もない。大丈夫だから」     ゆっくり行くだなんてとんでもない。  なんとしてでも、これ以上移動に時間かかかるようなことは避けたい。  馬車の中が気まずすぎてたまらない。  今更何を話せばいいのかも分からない。  出来れば迅速に国外追放されたい。  ……国外追放されたい、ってのも変な話だけど。   「なんだ、紛らわしい──おい! 通常どおり馬車を進めろ!」 「はい! マシューデュオ様! かしこまりました!」    再びマシューデュオのひと声で、馬車は軽快に走り出す。   「あのさぁ、マシューデュオ」 「はぁ。だからなんなんだ、さっきから…………そうか! 空腹か! いや、喉が乾いたやのか? まぁどっちでもい。これでも齧っておけ」    ぶっきらぼうに投げて寄こしたのは、アルプルの実だった。  俺は目を剥く。  だってこれは、最高級のフルーツの代名詞だ。  王族や貴族の間だって気軽に流通するものじゃない。ましてや投げてよこすようなものでもない。  滋養強壮に優れ、ありとあらゆる病気もたちまちのうちに平癒に導くと言われるスーパーフルーツだ。  正しい扱い方は、食べる直前までビロードをひいた木箱に優しく、それはそれはやさしーく納めておいて、食べる前にそっとナイフで切り分けて食すのが常識という、たいへん貴重で高価な果実なのだ。  それを、あろうことか、投げてよこすなんて!  ぎょっとした顔のまま、実をもった両手の行き場をなくしながら、俺は首を振る。   「み、水でいいよ」 「ふん。なら、これでも飲んでおけ」 「うわあ!? なんでアルプル100パーセントのジュースボトルなの!?」    ひょい、と傍らのトランクから拾い上げたビンを、まるで泥水でも見るかのような顔をしながら俺側の座席に投げよこした弟に、俺は慌てるしかない。  よりにもよって最高級素材から抽出した水分じゃないか!  手の中の果実の価値と変わらない。  それを、あろうことか、投げてよこすなんて!  ビンがわれたらどうするんだ!   「なにって? 兄さんにとっていまが王族としての最後の晩餐なんだから、最高くらいリッチにしてやってるのがわかんないのかな? 可愛い弟からの最後の慈悲じゃないか。なんてったってこれからは国外追放先の狭くて暗い場所に、一生閉じ込められたようにひっそりと暮らすんだからな、兄さんは」    これが最後の贅沢品だぜ? とマシューデュオはニヤリと口角をあげて笑う。  俺はなんとも言えない顔で唇を引き結んだ。      ーⅡー      それからまた一時間ほど馬車は進み、ついに俺の追放先にやってきた。    そこは国からずいぶんと離れた森の中だった。  馬車で行けるギリギリまで森のなかに向かったあと、マシューデュオの一声で馬車が全てとまる。  ゆったりと馬車から降りたマシューデュオは、すでに一毛の狂いなく綺麗に整列した従者に向けて言い放った。   「お前たちはここで待機しろ! 一ミリでも整列が乱れていたら……その時はわかっているだろうな?」 「はい! マシューデュオ様!」    一斉に一毛の狂いなく従者が返事をした。  そこに並ぶ者は皆、全員俺が見知った顔をしていた。  当たり前だ。お父様やお母様の代や、その前の代から世話になっている従者たちだった。  みんな、一様に俺を可哀想な者を見る目で見ている。そのなかにはうっすらと涙を浮かべている者もいた。  彼らは皆、俺が王になったことを喜んでくれたのに、そんな彼らの期待に応えられなかった自分が恥ずかしくて、俺はそっと身を小さくした。   「いくぞ」    弟に背中を押され、まるで森へ吸い込まれるように、馬車も通らぬ狭い道を二人きりで歩き出した。    二〇分ほど歩くと、小さな小さなレンガ造りの小屋が見えた。    俺は恐る恐る中へと入る。  中の様子が目に入った瞬間、俺は弾かれたようにマシューデュオを見た。  なんだ、これは。    弟は得意げに顎をあげる。   「どうだ? 気に入ったか? アルフレッド兄さん?」    ちいさな小屋のなかは、さらにちいさく区切られていた。  入ってすぐの小さな調理台を備えた部屋の奥に、二部屋。  たしかに小さいが、一人で使うには十分すぎる広さと設備だ。  森の奥ではあるが、大きな窓からしっかりと差し込む日差しも、とても明るい。  しかも室内は清掃が行き届き、清潔だ。   「??」    戸惑う俺を無視して、マシューデュオは部屋の扉をひとつ開けた。   「こちらは使用人室だ。兄さんには一人いれば十分だろう」    ついで、隣の扉を開ける。   「こちらは兄さんの部屋」    先程よりも広い部屋だった。  ちなみに、どちらの部屋もベッドやタンス、机や椅子などの必要な家具がセッティングされていて、暖炉もある。   「……マ、マシューデュオ、これは一体……?」 「あははは! 弟が選んだ小屋はどうかな? 小ささに驚いたかい!? 質素過ぎて戸惑うのも分かるよ。でもね、兄さん。兄さんはもうここで一生くらすんだよ! このだれも寄り付かないような森の奥深くの、この狭くて小さな部屋でね!」    マシューデュオがいやらしくニヤニヤと笑っている。    ちがう。ちがう。ちがう。そうじゃない。  実は俺は広場恐怖症なのだ。狭い場所や人数の少ない場所でないと発作が起きてしまうのだ。  そんな俺にとって、この小屋やこの部屋はあまりにも最適な環境すぎた。  そんなこと、誰も知らないはずなのに。   「小ささもそうだけど、こんなに調度品が少ない場所では、さぞ不便だろうね!」    たしかに、弟が言うように、調度品はほとんどなにもなかった。  とくに布製の調度品はほとんどみあたらない。  だがしかし、俺は最近肺が強くないため、ホコリが舞わないように布製品は極力避けて生活していた。  そんなこと、誰も知らないはずなのに。  ……まさか……?   「それにさぁ、こんなぺらっぺらの布団で眠れるのか?」    触れれば布団の中も羽毛ではなく、綿だ。   「あとね、兄さんはこれから一生これだけ食べて暮らすんだ!」    マシューデュオが指さした先には木箱があった。  まさかと思っておそるおそる開けば、俺のアレルギー物質を含む食材が徹底的にさけられたうえに、厳選された最高級食材がぎっしりと木箱に詰まっている。   「どうだ! ははは! 最悪だろう!」    弟が笑う。  悪人の顔をして。    なんてことだ。なんということだ。  俺はその場に泣き崩れた。    この、弟は。  この、弟と、きたら。  下克上という、名目で。  国外追放という名目で、俺を国から逃がしてくれたのだ、この弟は。  国王として、心身を削りつくしてしまった俺を、ここへ逃がしてくれたのだ。   「みすぼらしい生活をおくらなければならないから、涙がとまらないんだろう! 毎日その情けない顔を見に来てやるからな!!」 「…………うん」 「来れない日には大量の手紙を送り付けてやるからな!」 「……うん」 「通信魔法で毎日毎日長通信して眠らせないからな!」 「うん」    やっぱり俺の弟はなににおいても優秀で、俺は敵わないようです。   「マシューデュオ……ありがとう」 「こんなに酷いことをされているのに、ありがとう、とは変なやつだな」    歪んだ視界の中で、マシューデュオの顔が近づく。  俺が縋るようにそっと弟の手を握れば、彼はやんわり握り返してくれた。    そのあたたかさに、また泣いた。    嬉しさと、情けなさと、申し訳なさと、弟の未来にひたすら涙した。    彼の肩にはもう国が乗っている。  今まで俺の肩に乗っていた国が、いまは彼に。   「……マシュ。俺に出来ることがあれば、ここで仕事をさせてもらえないだろうか」 「!? ……まだ国に関われる気でいたのか!? あの国はもう我が国だ! いくら血が繋がった兄とはいえ、もうアルフレッド兄さまが関わることはできない!」 「わかってるよ」    わかってる。もう国に関わらず、このひどい状態の俺から少しでも回復するように、仕事を徹底的にとりあげたのだ、この優しい優しい弟は。  国民を騙してまで。  そして、自分を偽ってまで。    そんなことはさせない。  彼は俺を守るために心を削って生きている。  俺だってマシューデュオのためなら何を削られてもいいんだから。   「できるようになったら、出来ることからはじめるから。な? マシュ」 「兄さま!」    俺が涙を拭った先には、泣きそうな顔のマシューデュオがいた。   「大丈夫だよ。マシュは立派な王様だし、きっとなんだってやれるのはしっているよ。お前にやれない、なんて馬鹿にしてるわけじゃないんだ。だけど、マシュまで、俺と同じようにはなってほしくないんだよ」    即位してからすぐに、気づけば、いつから食事をとっていないのかわからなくなった。  気づけば、いつから眠っていないのかわからなくなった。  自分だけでやらねば、俺がやらねばと、思い込んで、差し出された周りの優しさも気づかないまま、拒んでしまっていた。  お父様やお母様のような立派な方にならねばと、いつしか空回りが続いていた。  馬車に乗る前に最後に姿見で見た俺は、不治の病で亡くなる前のお父様によく似ていた。  俺はそこでやっと気づいた。  あぁ、俺はこんなにひどい状態だったのか、と。  疲れなんか微塵も感じていなかった体が、急激に疲労を訴えた。  弟には同じようにはなってほしくない。  彼は世界一優しい弟なのだから。  兄のために、こんな演技するほどに。   「やれることしか、しないから」 「……今の兄さまにやれることなんか、ないくせに」 「うん。知ってるよ」 「書類を、俺が、抜きとっても、気づかなかったくせに」 「そうだね」 「兄さま」 「うん」    弟はひどく悲しそうな顔をした。  だって、俺から全ての仕事(国王)を取り上げたのは彼だ。  あのままだと俺がいつか取り返しがつかないことになってしまうと気づいた彼が、書類を偽造して、ミスを連発させた。  無能になった兄として、ここに追放するために。   「……俺は、兄さまが、生きていてくれたら、それでいいんです」    はじめて、弟が本音を話してくれた。   「うん。久しぶりにちゃんとお前と話すね」 「兄さま。兄さま。死なないで。俺の家族をもう、奪わないで」 「うん。自分で気づけないダメな兄でごめんね。助けてくれてありがとう」 「兄さまは、この先ここで自由気ままなスローライフをしてくれればいいんだ。俺は、兄さまが生きていてくれたら、一ミリだって削れたりしないんだから」    祈るようにマシューデュオが俺の手に額を擦り付ける。   「ありがとう。マシュ。でも、俺はいまやっといろんなことに気づけたから、一秒でも早くマシュの傍にいられるようになりたいんだ。削れた部分は元には戻らないけど、違う部分をゆっくりゆっくり補うから。絶対にひとりにはさせないから」 「……ほんとうに?」 「ほんとうさ」    はるか昔に俺の後を着いてまわっていたマシューデュオが今の彼に重なる気がした。   「ダメな兄でごめんね」 「……ハグしてくれたらゆるす」 「…………おいで」    マシュは俺の枯れ木みたいな体をそっと抱きしめる。  俺は枯れ木にしては力強く彼を抱きしめ返した。    ……と、いう訳でして、天国のお父様。お母様。  俺は昨日、弟に下克上されて、国外追放されました。    ダメな兄ですが、一日も早く弟をこっそりささえ、いつか頼ってもらえる兄になれるように陰ながら尽力していきたいと思います。    まずは、みずからのひどい感じをちょっとマシになれるように、よく食べ、よく眠りたいと思います。    ではこの辺で。  またお手紙を書きますね。    草々。    p.s 次は弟のためになにかできたという報告をできたらいいなと思っています。    From アルフレッド・アトキン・バロウズ
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