再会

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柚葉の提案に、瀬名はぎょっと目を見開いた。 「友……達?あんたと私が……?」 「はい。対等な関係の友人同士になりませんか」 「……はは。それで私が幸せになれるわけ?」 瀬名がせせら笑うと、柚葉は大真面目にこう答えた。 「瀬名姫様が自分のしてきた過ちを認められないのは、 今まであなたを嗜め、叱責する人がいなかったから。 あなたのしていることを忖度なしに指摘できる人がいなかったからです。 そしてあなたには——心を開いて話せる相手が居なかったのではありませんか?」 柚葉が言うと、瀬名は眉根を寄せて俯いた。 「ずっとお側で仕えてきたからわかります。 あなたの周りには、自分と同じ身分の女人がいなかった。 妻として、母として自分のことを見る相手はいても あなたと同じ目線で共感し、認め合い、時に叱ってくれる存在はいなかった。 ……だからあなたは、ずっと私を虐げて 自分が優位に立つことで、相対的に自分は幸せなのだと思い込もうとしてきた。 ——違いますか?」 「……」 瀬名は何も返さなかった。 だが、否定の言葉が出てこないということは、 それがつまり図星である証拠でもあった。 「友達になりましょう、瀬名。 私はあなたと、対等な目線でもっと会話がしてみたい」 「……お断りよ……」 「瀬名」 「……友達なんかにはならない、けど……」 瀬名はしばしの無言の後、ぽつりと呟いた。 「……でも、ずっとここに一人で居て退屈するくらいなら…… あんたと会話してあげてもいいわ……」 ——それから来る日も来る日も、柚葉は瀬名に食事を運び 取り留めもないようなことを話しかけた。 屋敷に可愛らしい犬が迷い込んできたこと、 兄姉に新しく子が産まれたこと、 菓子を手作りしたので味見をして欲しい、等—— はじめは柚葉が一方的に、自分の周りのことを話すだけだったが 何も口を開かないのにも退屈したのか、瀬名は時折 「あの犬は元気にしているの?」 「兄姉の子はいくつになったの」 「この菓子の出来はいまいちね」 ……等と返事をするようになった。 二人の会話の中に、あれ以来 家康の名が出てくることは一度も無かった。
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