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彼が芽吹いた
師匠と二人で大学の先輩である春香先輩の家に遊びに誘われた。一昨年卒業した先輩で物腰柔らかな人で入学したばかりの僕にも優しくしてくれた。
大学在学中から交際していた男性が居て二人が二人を思いやっているお似合いの恋人同士だった。
その二人は大学在学中に結婚して子供も授かった。その後大学近くに家を買ったのが去年の春。
何度か家に招待されたことがあり小さな子供と仲の良い夫婦。そこには幸せな家族の姿があった。今回も大学が春休みになった時に春香先輩が遊びに来ないかとお誘いがあり、一緒にご飯を食べようと言われた。
春香先輩は料理が上手であまり舌が肥えているとは言えない僕自身もとても美味しいと思っていた。美味しい料理に目の無い師匠は二つ返事で了解していた。だから今師匠と二人で春香先輩の家に向かって川沿いの堤防を歩いている。堤防の両側には桜の樹があり桜の花びらが満開で咲き誇っていた。
師匠は僕の数歩前を歩いていたがその全身からウキウキしている雰囲気が漏れ出ていた。
「今日は実に良い天気だね」
風で舞い散る桜吹雪の中を歩きながら師匠が言った。
「そうですね。歩いているだけでも気持ちがいいですね」
「これで春香さんの料理も食べられるとはまさに至福よなぁ」
にこにこ笑顔でうなずく師匠に僕は賛同する。桜並木を通り抜けたすぐ先に春香先輩の家が見えてきた。二階建てに家の前立ってインターホンを押すとしばらくして玄関の扉が開いた。
「いらっしゃい。よく来てくれたね」
すらりと背の高い春香さんが玄関から出迎えてくれる。
「さ、中に入って」
背中まである黒い髪が風にあおられてなびく。師匠がいそいそと玄関の中に吸い込まれていく。僕もそれに続くように中に入った。
「お邪魔します」
師匠はすでに靴を脱いで廊下に上がっている。とてとてと廊下の奥から足音が聞こえてきた。視線を送ると小さな女の子がこちらに向かって歩いてくる。
「おおー。可愛いねぇ。元気にしてたかい?」
師匠が女の子の前に屈みこんで話しかける。女の子は少しもじもじとしながら師匠に向かい合っている。
「ほら、美春ご挨拶は?」
僕の後ろについて玄関からやってきた春香さんが言うと美春ちゃんはペコリと頭を下げて言った。
「こんにちわ!」
「はい。こんにちわ」
元気よく言う美春ちゃんに師匠と僕は挨拶を返す。
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